本屋が怖い

最近余り書店に行っていなかった。
地元に良い店がない、というのが最大の原因だろうか。八百屋と魚屋とコンビニと薬局が三軒ずつ、おばちゃん向け洋品店が五軒以上(どれも似ていて区別できない)もある商店街なのに、新書店がひとつもない。少し外れた場所に文教堂があるが、肝心の書籍売り場はレンタルビデオコーナーに押されて寂しい限りだ。
それでも本は読んでいる。Amazonで買ったり、図書館で借りたり。しかし、図書館でも棚を眺めて借りる本を選んでいない。予め「インターネット予約」をして、それが入ると取りに行く。カウンターで貸し借りの手続きを済ませると、すぐに出て来る。いずれにせよ、圧倒的多数の中から好みの本を探すということを、長いことしていなかったのだ。


「キッチン」の主人公が一番くつろげる場所が台所ならば、私が最も高揚する場所は本屋である。小さな書店もいいけれど、長くいるならば広い方がいい。大きければ大きいほど燃える。売り場の中を、平積みの表紙や棚の背表紙を見ながら歩く。商品を傷付けるのが怖いので、なるべく手には取らない。それでも時折触れるのを止められない本もある。外面に騙されることもあり、期待通りで購入に至ることもある。気付くと数時間が過ぎていることもあり、足がすっかり疲れている。幸福なけだるさだ。


先月末、偶然行った複合ビルに、ワンフロア全てを占める大きな書店があった。久し振りのリアル本屋だ\(´∀`ワーイと思い、ずらりと並ぶ壁のように大きな棚の列に足を踏み入れた。
翻訳ものが充実している。店内は清潔で照明は明るく、店内表示は分かりやすい。うるさい客や、感じの悪い店員もいない。良い本屋だ。と、すっかりいい気分になってハヤカワのポケミスにクリスチアナ・ブランドを探したり、未読だがいつか読みたいと思っている本を改めて見詰めたり、初めて見るファンタジーのケバケバしい表紙に目を奪われたり、帯の煽り文句にそそられたりしながら歩く内に……何故か居心地が悪くなってきた。魅力的な表紙を見るほどに、いたたまれない気持ちになっていく。雑誌のコーナーまで移動すると、ようやくおかしな状態は消えた。
なんだろう?ついさっきまでわくわくしていたのに。霊か?霊がいるのか?いる訳ない。夜中の墓場裏でも見たことないものを、どーして昼日中の明るい本屋で感じるんだ。首をひねりつつ店を出た。
先日、今度は別の大型書店に行った。コンピュータ関連書籍のコーナーで用を済ませた帰り、文芸書の売り場に入って面白そうな本を見た途端、同じようにそわそわしてきた。ここにいてはいけない気がする。ニュータイプじゃないけど感じるんだ。そして、今度は自分でも理由が分かった。落ち着かなくなるのは、読んでいない本が多すぎるからだ。
あれもまだ、これもまだ。それなのに、またこんな新しい本が出てる。どれもこれも面白そうだけど、手元にも読みたい本が一杯あってまだ終わらない。見れば見るほどまた新しく読みたい本が増える。見ちゃいけない。もううちには沢山本がいるから、みんな連れて帰る訳にはいけないのよおおお、と心残りに思いつつも捨て猫を見ない振りして家路を急ぐ人のようになってしまった。


私は、あとどのくらい生きるのだろう。
生涯で何冊の本を読めるだろう。
その中に、出会えて良かったと思えるものはいくつあるだろう。
……読むことが出来ない本は、どれほどの数になるだろう?


問題は数ではない。しかし、神ならぬ身では最初から良書に出会えはしない。一冊一冊読んで、探して、そうしてようやく評価ができる。よって、ある程度数をこなさぬことにはどうしようもないのだ。
十代の頃、母に自分が読んで面白かった本を薦めた。「くだらないけど、笑えるよ」と言って。彼女はそれを断った。この先何冊読めるか分からないのに、くだらない本に時間を割きたくない、と言って。その時もかなりムッとしたし、今でも他に言い方っつーもんがあろうが、と思いはするものの、何となく彼女の気持ちが分かるような気もしてきた。(タイトル等思い出せないが、まったく同じことを言う人が出てくる本もあった。)
映画「雨に唄えば」の中に、「一日が二十四時間より長ければ、もっと(あなたを)夢見ていられるのにAnd were there more than twenty-four hours a day, they'd be spent in sweet content, dreamin' away!」という歌が出てくる。人生がもっと長かったら、世界中の本を読みたいだけ読めるだろうか。どれほど長くとも、無限に続く命でなければ、叶う望みではありえまい。


あの時、私が書店で感じたものは幽霊ではなかった。それは、私の時間に限りがあることを教える、自分の中の骸骨からの知らせだった。本屋の中には、個人的な死神が待っている。行きたいけれど、少し怖い。


暗いなあ。深刻っぽいなあ。悲しいなあ。ヤダヤダ。
どうしてこんな風になっちゃったんだろう。実は思春期なのだろうか?いやいや、ボウヤだからさ。じゃなくて、母に似てきたのか……フクザツ。


写真は今度読みたい本。(タイトルがちょうどいいので。)