あなたは今日、何を発見しましたか?

毎日色々なものを見付ける。小さなことに気付く。そんな些細なことが嬉しい。

ナルニア国物語が映画になる

C.S.ルイスの手による英国児童文学の至宝、瀬田貞二の名訳、私の幼時必携の書、「ナルニア国物語」がディズニーで実写映画化される。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/400204128X/qid=1102299903/sr=1-1/ref=sr_1_10_1/250-6514563-0029026


まずは、第一作「ライオンと魔女」。順次全七作が作られるそうな。
以前にも聞いたことがあるが、とうとう「めざましテレビ」でも扱われるくらい近付いて来た。今年春に聞いた時には、主演ニコール・キッドマン白い魔女ですかい?)ということだったが、それには触れず。変わったのかな?
現在ニュージーランドで撮影中で、全米公開は来年十二月、日本では再来年の三月に公開される予定とのこと。
指輪物語」映画化の時に、原作ファンがさかんに言っていた不安が初めて理解できた。大丈夫か、ディズニー?偉大なライオンのアスランが、ぬいぐるみっぽく見えたりしないか?私の大好きな大鼠リーピチープが、気付くとカピバラになってたりしないか?馬が喋ったらドンキー(シュレック)になったりしないか?「さいごの戦い」の静かに訪れるカタストロフは映像化できるのだろうか?していいのだろうか?何でも映画化すりゃいいのか、と思うと同時に、「指輪」の映画をあれだけ楽しめたのだから、期待していいのかもしれない……と思いもする。
それにしても許しがたいのは、「『ナルニア国物語』は、『指輪物語』、『ハリー・ポッター』と並び、英国三大児童文学の一つ」という原稿を書いたフジテレビである。未完結のハリポと、その二つを同列にするんじゃねーよ!と謹んで申し上げたい。
キリスト教的暗喩と、無邪気な人種差別に満ちた本作が、無事に満足できる映画となることを願う。
余談ながら、銀座の書店「教文館」には「ナルニア国」という児童書専門スペースがあり、あの街灯が置いてあるという。興味のある方は是非ご覧あれ。


ところで、ついでだからSFの方も映画化してみませんか?
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4562034467/ashiharanonak-22/ref%3Dnosim/250-6514563-0029026

平井堅で歩くのは楽しい

今年の誕生日プレゼントに、家人からipodを貰った。
家の中で使うのはマヌケだし、電車の中で使うのは迷惑だ(それに本を読んでるし)。必然、使うのは歩いている時になる。しかも、帰りは買物などがあるので、朝の往路のみ一日十数分のお楽しみである。贅沢してます、はい。
読書は目から入って、首から上に作用する。音楽は耳から入って、全身に影響を及ぼす。ipodと共に歩く時の私は、平時とは違う。ノリノリで明るい人格が表に出る。聞いている音楽のリズムで歩調を刻み、背筋を伸ばして顔を上げ、声だけ出さずに腹式呼吸で唄っているつもりになる。速いテンポの曲だと、体中ぽかぽかするほどで、ちょっとした運動になる。歩き始めにしていた手袋を取り、マフラーを外し……冬に家を出たら、歩く内に春が来たようで少し楽しい。
滅多にCDを買わない私に代わり、選曲も家人に任せ切りである。最近、「教育(東京事変)」、「LOVE JAM大塚愛)」、「TIME(スガシカオ)」、「SENTIMENTALovers(平井堅)」が新たに入った。レンタルやコピーが嫌いな家人は、数ヶ月に一度CDをまとめ買いしてくる。そして、スリップのようなものは無論のこと、初回限定の紙箱とか、とにかく彼が不要だと思うものをぽんぽん捨ててしまう。後に残るのは、必要最低限のケースに入ったものだけだ。よくは分からないが、少し変な人かもしれない。
ところで、追加されたアルバムの中から平井堅を聞き始めている。この人のアップテンポな曲は歩きやすい。今朝は、明るくねちねちと過去を振り返る「青春デイズ」と、Jackson5を思わせるサビが楽しい「言えない関係」と一緒に歩いた。

車掌さんは色っぽい

時々、山手線で女性の車掌さんを見る。
制帽が影を作る顔はきちんとお化粧されており、ドアの下に隠れた下半身はズボン?スカート?という想像を誘う。何だか勝手に色気を感じる。
制服というのは、その人が今見えているのとは違う本性を隠し持っている、という真理を強調するからフェティシズムの対象になるのだろうか。その職業が持つ支配力を象徴するために、それが個人を越えた魅力を与えるのだろうか。何にせよ、彼女も私服ならごく普通の女性に見えるのだろう。その姿の彼女を知らぬ者にとってのみ、車掌の彼女は特別に見えるのだ。
そこで思いついたのだが、JRの制服が全廃されたらどうなるだろう?ファー襟のコートに巻き髪の車掌。普通にスーツ姿の運転士。田舎に行って夏ともなれば、スリップドレスで発車オーライ。アロハに短パンで出発進行。神秘的でもフェティッシュでもないが、何だか明るくて楽しそうだ。一般人との誤認を避けるため、上記服装でも常時制帽のみは着用のこと、とすると……これはこれで効果倍増かなあ。何のだ。

RPG作法は人によって違う

ドラクエ8を始めて一週間。プレイ時間は二十六時間。今は「闇の遺跡」に行かねばならないのだが、船でうろうろしたり、猫(本名はキラーパンサー)を乗り回したりして寄り道している。小さなメダルは三十七個集まった。やっていない人には何が何だか意味不明だろうなあ。
元はやるつもりがなかったのだが、発売数日前から、家人が「ドラクエやらないの?」とさかんにせっついてきた。「やらない」「ええー」「あなた、したいの?」「ううん、そんなに興味ない」「じゃあいいじゃない」「ええー」ということで、発売初日に遅れること数日、結局家人が買ってきた。DSも買ったし、PSPも予約してるし、そんなにゲームばかりしてる暇あるのかいな。
ともあれ、私は帰宅後に夜11時程度まで、年末進行とやらでそれ以降に帰宅する家人は夜通し朝まで遊んでいる。平日はうまく棲み分けが出来ている。しかし、週末に家にいれば二人で顔を合わせることも多くなり、自然互いの状況を見ることもある。
そこで分かったのが、それぞれのスタイルの違いである。
私は行ける所まで行き、その時出来ることをどんどんやってしまう。しかし、基本的に慎重なので、ダンジョンは一回でクリアしたりせず、少しずつ進んでは脱出して回復・セーブ、また次にもう少し進んではリレミトして宿屋・教会、という風にする。ダメだったらまた来ればいいや、と思っているので、MPが減ることに頓着せず魔法を使いまくる。戦闘はオートで「ばっちりがんばれ」。その時入手できる一番性能の良い武器防具を装備する。レベルアップの際には、なるべく均等に能力を上げるよう心掛ける。
対して家人は、シナリオ通り進む。頼まれごとを無視して寄り道したりしない。「次は○○に行って、××するぞ」となっていれば、その通りにする。やくそうをしこたま買い込んで、ダンジョンは一回クリアが基本だ。全滅したことは一度や二度ではない。戦闘はいつでも「めいれいさせろ」。武器防具は宝箱で入手できるかもしれないから、なるべく店では買わないようにしている。レベルアップの際には、キャラクタの特性に応じて配分を変える。主人公は剣を重点的に。魔法使いと僧侶は、杖に対象を絞る。
一つのゲームでこれほどやり方が違うというのは面白いものだ。まこと、世の中、人の数だけ違う世界がある。
しかし、話をする時は気を付けねばならない。私は「話したがり」で、つい家人がまだやっていないことをぽろっと口にしてしまうことがある。けれども、家人は「ネタばれ」が嫌いだ。ダンジョンにいる時に、方向違いを指摘するのですら禁止事項に入っている。
だが、この人もウルサイのだ。「あ、その武器見たことない。何?」「あ、これはね**と**を錬金して……」「ああーっ、言っちゃダメだよー!」ということがあった。なので、その後「それ知らない。どこにあるの?」「(言っちゃダメだから黙ってニコニコしている)」という反応を取ったら、「聞いてるんだから、教えてよ」「……」。
線引きが難しい、と言ったところ、「こっちが知らないことは言っちゃダメ。でも質問したら教えて、ってことだよ。……オレってわがままだな。」お分かりならばよろしい。


タイトルは、ディスカバリー・チャンネルの名キャッチコピー。
http://japan.discovery.com/
今月の私のオススメ。

アイスランド水力発電事業」。

私がアイスランドファンだから。

「イアン・ライトの旅9」

アイスランド旅行記だから。(同上)