思い出せない言葉

脳の働きというのは不思議なものだ。日常生活で不意に連想するように思い浮かぶ、一見無関係な言葉。考えると実はつながっていることもあるが、どう試行錯誤しても関連が見出せないこともある。抽斗のつまみを引っ張ったら、関係ない所がすーっと出てくるような状態だ。忍者屋敷じゃないんだから。しかも、その抽斗が開いている限り、正しい抽斗は中々見付からないのだ。


昨日、「沈黙の惑星を離れて」(C・S・ルイス)を読了して、電車の中で感想文を考えていた。そこで、「余りにも典型的に考えすぎている」「こうだと思い込んでそこから抜け出せない」というような描写にある言葉を使いたいのだが、合致する単語がどうしても思い出せない。ティピカル(typical)でもいいけれど、日本語の文章の中にあると魔法の呪文みたいで浮くだろうし、そのまま「典型的」と言ってしまうと限定されたニュアンスに留まってしまうような気がする。
なんだっけ……ポが付いたような……プロトタイプ?違うし。「ポ」付かないし。プロトタイポ?わー、そんな言葉ねーよ!もう「プロトタイプ」しか出てこないよー!


時々こういう症状になる。
年齢のせいもあるのかもしれないが、若い時になかったわけでもない。元からそういう脳みそだと思う方が正しいかもしれない。ええい、灰色の単細胞め。
前回こうなった時の言葉は「カタルシス」だった。代わりに開いた抽斗は「カタストロフ」。音は似ているが、意味は偉く違う。

  • カタルシス:悲劇の与える恐れやあわれみの情緒を観客が味わうことによって、日ごろ心に鬱積していたそれらの感情を放出させ、心を軽快にすること。アリストテレスによる。
    • フィクションによって鬱憤を晴らすこと。わたしによる。
  • カタストロフ:物事の悲劇的な結末。破局。仏語。英語ではカタストロフィ。

「なんかさあ、カタストロフが満たされないっていうかあ」って、私には破滅願望でもあるのか。
インターネット普及以前に、「三船敏郎」が「三国連太郎」になっちゃって、「『七人の侍』に出てたのは誰だっけ……」と悶々としたこともある。この時は往時の職場全体に伝染してしまい、外回りに出た営業の人から「思い出した!」と電話が入るまで、全員の「三国連太郎」の抽斗が開きっぱなしであった。


さて、昨日の続き。
改札を出て、商店街を歩きつつ、目に入る情報に流されつつ、思い出そうと必死である。
タイポ?タイポしちゃうぞ。あ、新巻鮭だ。食べたいけど、大き過ぎる。プロタイポ?違う。あ、白菜安い。卵高いなー。何だっけ、「ポ」が付くはずなんだよなあ。「タ」も付くはずなんだよ。タイポタイポタイポのシューリンガンシューリンガングーリンダイグーリンダイポンポコピーの……いつの間にか「じゅげむ」になってるし。風強いなあ。あ、ハスキーの子犬だ。かわいいのう、チョビや。あ、豆腐買おう。スイマセン、そこの非常に典型的な絹ごし豆腐一丁。とは言わないが、このおばさんがぽろっと該当語を言ってくれないかなあ。そしたら、油揚げも買う。
妄想一杯陰気はつらつで十数分の商店街を抜け出し、家の扉を開いてもなお思い出せぬままだ。猫に聞いても答えてくれない。ご飯をやって機嫌を取ったが、猫は黙して食事中。知ってるくせに、意地の悪いやつめ。
頭が良くなるよう濃い目に出汁を取り、醤油とみりんで調味したら、片栗粉でとろみを付ける。まだ思い出せない。前日の残りのそぼろと賽の目に切った豆腐を別に温めて器に取り、刻んだ白葱を散らした上から先ほどのあんをかける。おかずは出来たが、まだダメだ。ご飯とみかんで晩ご飯は完成なのだが(一人なので手抜き)、依然として頭の中で開いているのは「プロトタイプ」の抽斗である。
珍しく向かいに座った猫に、「いただきます」と声を掛けて箸を取った……途端に思い出した。叫んだ。
ステレオタイプ」だ! 「ポ」なんてないじゃん……。



今回も求める抽斗は遠くはないところにあったようだ。半分は合ってたし。しかし、見付かるまで時間かかり過ぎ。無駄な脳の回転多過ぎ。第一、ここまで考えたこの言葉を、使うかどうかも定かではない。
少し冷めてしまった夕飯を食べながら、自分の脳に不信を抱く年の暮れ。


おまけ・脳細胞死滅度チェッカー
http://www1.linkclub.or.jp/~myke/game/check/noucheck.html
私の結果……

あなたの脳は42.6 %死滅しています。
貴方の脳はちょっとヤバイことになっています。
周囲の人は、貴方のことを『トロ臭い』『頭の回転が悪い』と思っているかもしれません。
でも大丈夫。
『ちょっと可哀相な子』ということで、きっと貴方は大切に扱われることでしょう。
とは言え、ほんの少し努力すれば貴方も充分に人並みになれるところにはあります。
頑張って周囲を見返してやりましょう。

がんばるよ……。