首相の夕食

職場で古新聞を処分していたら、その中に3月22日付けの朝日新聞があった。天声人語に目が留まった。読む内に、目を奪われた。最後には、目が点になった。
既に有料サービスでしか閲覧できないようなので、ここに抜書きする。

折々に小泉首相が「食生活の大切さを子供たちに教えたい」と訴えている。施政方針演説でも2年続けて、「食育」の問題を取り上げた。そう言う首相は、どんなものを食べているのだろうか。


朝刊の「動静」欄から首相の晩餐(ばんさん)先を拾うと、際だった傾向が浮かび上がる。とにかくイタリア料理が多い。同じ店に中2日の間隔で通うこともある。これに中華が続く。伊・中・和の輪番が基本のようだ。韓国や中東、ロシアの料理は皆無に近い。地域の偏りが目についた。


首相官邸の担当記者によると、朝と昼は純和風という。朝食はご飯にみそ汁、大根おろし、ちりめんじゃこというのが定番で、お昼はだいたいソバらしい。「ギョーザに目がない」「生野菜は大の苦手」「たくあんやキムチには目もくれない」「カツ丼のカツは全部残す」。そんな目撃証言もある。かなり好き嫌いがあるようだ。


平安の昔、栄華を誇った藤原道長は、過食か偏食か、長く糖尿病に苦しみ、食事療法に励んだ。ヘルシー志向の家康は麦飯を好み、臣下にも粗食をすすめたそうだ。


戦後で言えば、食通を誇った吉田茂首相は、お気に入りの料理人を官邸に雇い入れ、美食を楽しんだ。せっかちな田中角栄氏は、カツ丼やラーメンといった手軽な品を好んだという。まさに食は人を表す。


先月初め、首相は風邪で公務を休んだ。在任4年で病欠は初めてだ。その後も鼻水やくしゃみが止まらない。どうやら花粉症らしい。医食同源ともいう。「食育」普及のためにも、好き嫌いを見直して、どうかご自愛を。



なんじゃこりゃ?何が言いたいんだ?
別に私はコイズミ氏のファンでも支持者でもないが、これは単なる言い掛かりだろう。しかし、せめて公平に読む努力をしてみる。

  1. 小泉首相は「食生活は重要だ」と主張している。
  2. しかし、そう言う本人の食生活は偏っており、好き嫌いも多い。
  3. 藤原道長は偏食だったせいか不健康だった。
  4. 首相も、最近は風邪で公務を休んだり、花粉症でもあるらしい。偏食のせいである。

ってことか?
でも、どう考えてもおかしいだろう。
そもそも、「吉田茂は美食家、田中角栄は手軽な丼モノが好きだった」……この段落が前後の文脈に繋がらない。「食は人を表す」→「小泉首相は偏食」→「首相は偏った人間だ」という結論を導くためのエピソードなのだろうか?結論は出てないで、「ご自愛を」で終わってるけどさ。


ところで、上記のような食生活を「偏食」と言えるだろうか?
首相の「偏食ぶり」を本文から抜き出してみる。

  • 生野菜は大の苦手
  • たくあんやキムチには目もくれない
  • カツ丼のカツは全部残す

対して、食べているものの描写は以下。

  • 朝と昼は純和風
  • 朝食はご飯にみそ汁、大根おろし、ちりめんじゃこというのが定番
  • お昼はだいたいソバ
  • ギョーザに目がない
  • (夕食は)イタリア料理が多い
  • 伊・中・和の輪番が基本のようだ

どこに問題があるのだろう?従来の価値観に従えば、偏食として指摘されるべきは「生野菜が苦手」程度ではなかろうか。漬物は塩分、カツは脂肪を気にして除く方が正しいと考える向きもあるだろう。(だったらカツ丼じゃなくて卵丼にしろよ、とは思うが。)
食べているものも、ここに挙げられている食品を聞く限りは、私よりもよほど健康的な食生活を送っているように思える。公邸での食事だって、インスタントの味噌汁に沸かした水道水注いで、冷ゴハンに黄ばんだ古い大根おろしぶっかけて、野良猫と取り合いながら萎びたじゃこ食ってるわけでもないだろう。昼の蕎麦だって、まさか「緑のたぬき」ではあるまい。
夕食がレストラン巡りになるのも不思議ではない。だって、首相なんだからさあ。一人で食べたくても、付き合いってもんがあるじゃん。知らないけどー。


なおも不思議なのは、「地域の偏り」を偏食と同義に扱っていることだ。
「いっつも赤坂ばっかり行っちゃうんだからぁ、たまには青山にも来てぇ」とかいうことではない。
民族料理の取捨選択が「偏っている」というのだ。
和食以外はイタ飯と中華ばっかり。プルコギもシシカバブも、ピロシキだって食いやしねーよ!とお怒りなのである。(発想が貧困なのはお許しください。)
レストランに通うことで、イタリアと中国に外交上の不正な優待をしているわけでもないだろうに、なぜそんなにイタ中を嫌う。いつもナポリタンと麻婆丼しか食べません!ということなら「偏食」と認定するが、そういう訳じゃないだろうしなあ。和食しか食べない日本人も多いだろうが、この人はそういうケースも「偏食」と表現するのか?
ましてや、日本国内の店舗数が多いこの両国の料理屋(てゆーと、ちゃんこ鍋屋みたいだが)には、首相でなくとも訪れる機会は多い。大雑把に分けて「和洋中」と言うくらいである。「中華にする?イタリアンにする?それともわ・しょ・く?」と新妻がダーリンに尋ねるくらいである。
しかし、韓国料理と言えば必然焼肉屋が多くなるし(カツを抜く人は焼肉欲も少ないだろう)、中東料理やロシア料理に至っては、行動範囲内に(彼にとって)適当な店を見つけるのも難しかろう。だって、首相なんだからさあ。小さい店なんて、来られる方だって困るよ、きっと。知らないけどー。
私も、アラブ料理・ロシア料理共にそれぞれ二回しか食べたことがない。韓国料理は焼肉屋以外行ったことがない。今週は自分で作ったもの(和洋中判別しがたい)しか食べていない。私が軽度の花粉症なのはそのせいだと言えるだろうか?韓国や中東、ロシアの料理が皆無に近いためなのか?なわけねーよ


新聞が特色を持つのは悪いことではない。自分と大きく異なる意見を読める機会を、(違和感と時には怒りを覚えつつも)歓迎すべきだと思っている。多様性こそが豊かな社会を生むと信じている。
しかし、ここまで偏向しているのは如何なものか。その上、どう見ても論理が破綻している。それこそ、この書き手が普段何を食べているのか聞いてみたいものである。


なお、「生野菜の摂取」については、「体を冷やすので調理する方が良い」という考えもある。首相が冷え性かどうかは知らないが。


<おまけ>
不明を反省して、各国料理本をご紹介。
ロシア料理の本

豊かな大地の家庭の味 ロシア料理

豊かな大地の家庭の味 ロシア料理

亡命ロシア料理

亡命ロシア料理

注:これはレシピ集ではなく、エッセイ集です。


中東料理の本
トルコ料理
トルコヨーグルト料理レシピ集 (味と出会うシリーズ)

トルコヨーグルト料理レシピ集 (味と出会うシリーズ)

エジプト料理

韓国料理の本
家庭で作れる「チャングム」の韓国宮廷料理

家庭で作れる「チャングム」の韓国宮廷料理

感動!韓国ドラマレシピ

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