太閤暗殺

太閤暗殺 (光文社文庫)

太閤暗殺 (光文社文庫)

豊臣秀次側近の命を受け、太閤秀吉の首を狙う石川五右衛門……これが、帯に書かれた煽り文句だった。
歴史小説好きの人なら、「ほほう」と思うことだろう。
日本史にあまり興味のない人は、「秀次って……誰?」と首をひねるかもしれない。
一部の人は「……斬鉄剣?」と思うのだろうけど、この人たちのことは放っておくことにする。
第5回日本ミステリー大賞新人賞受賞の、きわめてマジメな歴史ミステリーである。


物語は、秀吉と淀君の間に生まれた一子「お拾(オヒロイ)」(後の秀頼)の一才を祝う宴から始まる。文禄3年(1594年)7月。秀吉没年より4年前、59歳のことである。
長く実子に恵まれなかった秀吉にとって、お拾こそが真に望む世継ぎだった。しかし、夭逝した実子鶴松を失った時、秀吉は甥(姉の子)の秀次を跡継ぎとせんために、彼に関白職を譲っている。血縁に恵まれない秀吉にとって、秀次は貴重な身内だったのだ。だが、お拾が健康に育っている今、秀次は実子の行く手を阻む邪魔者でしかない。お拾に全てを譲りたい。同時に、何もなしに秀次を追放はできない。……なぜ自ら関白の位を返上し、お拾に臣従すると言ってくれぬのか。
その数ヵ月後。場面は変わり、京都五条室町裏通。京都所司代前田玄以と配下50人は、研師(とぎし)五助の家を包囲していた。しかし、五助とその仲間たちは爆薬を用いてその場を逃れ、秀次の側近木村常陸介の屋敷に逃げ込む。常陸介に対面した五助は、秀次に謀反の恐れありとも取れる毛利家からの書状を道具に、自分たちの保護を願い出る。更に、自分たちの仕事を買ってほしいとも。
「おぬしらの仕事?」
「いまは研師の五助と名乗っておりますが、常陸介様には石川五右衛門の名でご存知であられましょう」
その頃、秀次もまた、この状況を驚異に感じていた。太閤は自分を疎んじている。神経の細い秀次は、強いストレスで徐々に異常をきたしていく。関白の座をお拾に譲りたい……しかし、常陸介はそれを押しとどめる。そうすれば安泰に過ごせるかもしれないが、それによってライバルの前田玄以や、急進著しい(クソ生意気な)石田三成に膝を屈するくらいなら、殺された方がまだましだ。太閤の寿命さえ尽きれば、名実共に秀次の天下となる。太閤の寿命が、一日でも早く尽きれば……追い詰められた常陸介は、ある思い付きを実行する。
「おぬしたちはいかなることでもすると申したな」
「して、何を盗まれるおつもりで」
太閤殿下の御首をだ」
ここに、豊臣秀吉暗殺計画が発動する……。


この小説の主人公は誰なのか。探偵役の前田玄以か。暗殺を指示する木村常陸介か。暗殺を実行する石川五右衛門か。影で策謀をめぐらす石田三成か。それとも………?
終盤の二転三転する展開に惑わされず、終章まで辿り着く者だけが、その全貌を発見することだろう。歴史を作る者、作り変える者たちの物語。


とは言っても、実は「ミステリ慣れ」している人にとっては、一番大掛かりな仕掛けは早くに見えてしまうかもしれない。
だが、細かい仕掛けまでは見抜けまい。騙される喜びは小さくない。ミステリ好きにも、歴史小説好きにもオススメできる作品である。★★★★☆(3.5)