嫁洗い池

嫁洗い池 (創元推理文庫)

嫁洗い池 (創元推理文庫)

青春デンデケデケデケ*1直木賞を受賞した芦原すなおによる、「安楽椅子探偵」ならぬ「座布団探偵」ミステリのシリーズ。
八王子駅から山の方へバスで20分ほど行ったところに、ある中年夫婦が住んでいる。夫は暢気な小説家。妻は近所の人から頼まれた針仕事をしている。二人は讃岐の出身で、妻の作る郷土料理は絶品である。大根の雪花(豆腐と炒め煮にしたもの)、塩餡の丸餅を入れた白味噌のお雑煮、こってりした黒砂糖を使った煮物、イリコの炊き込みご飯、炒ったそら豆を醤油に漬けた「しょうゆ豆」、焼いたカマスのすり身と味噌をこね合わせた「さつま」……あー、おいしそう。
時折、夫の友人がこの家を訪れる。目当ては雑談と料理である。そして、相談事が持ち込まれることもある。不思議な書置きを残して消えた妻、成人式目前に家出した娘、忠義な犬の隠すもの、……解きほぐす糸口の見えぬような、不思議な出来事や事件の数々。やたら半畳を入れたがる夫は役には立たず、静かに話を聞く妻が真実を言い当てる。現場に行かず、ただ人の話を聞くだけで……。


力の抜けた短編ミステリが読みたくて探したところ、この二冊が引っ掛かった。「スサノオ自伝」*2を読んで以来、ほぼ十年ぶりの芦原すなおである。
ミステリとしては、気楽な部類である。人死にのない訳ではないし、空恐ろしくなるような悪意に触れてぞっとしたりもする。しかし、全体に流れるのは柔らかく暖かい人情であり、賢い妻を慕う夫の愛情に満ちた視線である。また、のんびり亭主と友人たちの会話が毎度面白い。そういう点では、肩に力を入れずに読める。
けれども、問題はこの「賢い奥さん」だ。もう、パーフェクトなんである。
事件を解決するだけではない。毎日清潔でぱりっとした和服。古い一軒家をいつも綺麗にして、庭の手入れも欠かさない。原稿が進まず、さぼって酒を飲んでばかりの亭主に小言を述べることもない。常に穏やかな言葉と話し方で、不機嫌な時にも乱暴になったりはしない。日々のお膳にはおかずが幾つも付く上に、それがどれも実に手が込んで美味しそう。しかも、急にやって来た大食らいの夫の友人が「アレが食べたい、コレもおかわり」とか図々しくのたまっても、ニコニコしてすぐに用意するのだ。
片付けは手抜き、ベランダのプランターに雑草、事あるごとに説教、虫の居所が悪ければ人を気遣えず、丼・鍋・大皿料理を好んで食卓に出し、夫の友人に出せるのはカレーライス程度の私である。この本は何が何でも家人に読ませてはならない。
普段なら、「こんな女いねーよ」という気分になるのだが、本作に関しては深く反省してしまった。というか、読んでいる内になんだか自分も「奥さん」に近付いて、いつもより丁寧に生活するようになった……ような気がする。おかずの数は増えていませんが


八王子から少し離れた山の中に、その家はある。目印は庭のオリーブの木。夕刻には、人懐っこいミミズクもやって来る。私も行ってみたいなあ。★★★★☆(それぞれ)

*1:

私家版 青春デンデケデケデケ (角川文庫)

私家版 青春デンデケデケデケ (角川文庫)

*2:

スサノオ自伝 (集英社文庫)

スサノオ自伝 (集英社文庫)