扉は閉ざされたまま



アタリが来た!という感じである。
なるほど、この人の作風は倒叙に適していたのか!と膝を打った。特殊な動機を持つある殺人犯の一夜の行動を描く本作は、私にとって作者最大のヒットとなった。そうだよ、こういうのが読みたかったんだよ〜(興奮している)。


成城の高級住宅街に佇む文化財並みに古い洋館。今は大人気のオーベルジュ(宿泊施設の付いたレストラン)として利用されているが、オーナーシェフの病気療養のためここしばらく休業中である。そのため、この機会にオーナーの弟が懐かしい旧友を招き、同窓会を開くこととなった。集ったメンバーは七人。その中の一人、伏見は後輩の新山を殺害する計画を立てていた。どうしても、今回、この場所で彼の命を奪わねばならない……。
新山を殺害した彼は、重厚な扉の向こうにその死体を隠す。密室状態で開けられないままの部屋の中で、新山が眠り込んでいるのか、何らかの理由で動かずにいるのか、それとも既に死んでいるのか……知るのは伏見一人だけ。
しかし、計画通りに事を進める彼の前に、過去に因縁のある女性―碓氷優佳―が立ちはだかる。次々に彼が隠蔽したいポイントを指摘していく優佳。彼女への思い、自己の正当性、また計画の遂行を危ぶむ不安の狭間で彼の心は波立つ。
伏見が仲の良い後輩を殺害するに至った動機は何なのか。彼が目指す「完全な殺人計画」の全容とは……物語は静かに進む。閉ざされた扉の中に、隠された死体を飲み込んだまま。


倒叙ミステリ」(犯人の視点で物語が進行するミステリ・例:「刑事コロンボ」のシリーズなど)としては大満足の構成である。
そもそも、倒叙の何が面白いかと言うと、「犯人も読者も気付かぬことに探偵だけが気付く」という点にある(偏見)。伏見の行動はつぶさに語られ、彼の仕掛けるトリックも全て説明される。しかし、優佳が何故事件に気付くのか、それだけが伏見には見えない。読者も(あからさまなものはさておき)彼女の推理によって、初めて伏見のミスに気付く。徐々に徐々に、数時間をかけて明らかになっていく事件の全貌……。いいねえ、このチラリズム


本作には大きな問題もある。
相変わらず犯人の動機が常識外れなのだ。そんな自分勝手な(しかも当人は全くそう思っていない)理由で他人を殺すな〜と言いたくなる。(途中から「まさかそれが理由じゃないだろーな」と疑っていたら、本当にそうだったのでひっくり返りそうになった。)
しかし、私は石持浅海の常識外れに慣れてきたようで、突っ込みつつも楽しく読んだ。全く共感はしないが、やはり「慣れた」のだろう。これを最初に読んでいたら、また違った感想を持ったかもしれない。
試しに手に取ってみようと思われる方がいらしたら、お手持ちの倫理観と常識をちょっと脇に置いてお読みになっていただきたい。★★★★☆