海の底

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海の底
有川 浩
メディアワークス 2005-06
評価

by G-Tools


<あらすじ>
 四月。桜祭りで開放され、浮かれムードの横須賀米軍基地。多数の市民が参加する祭りの最中、敷地内にある海上自衛隊横須賀地方総監部には、所属するおやしお型潜水艦「きりしお」が停泊していた。
 そこへ、直ちに出航せよとの緊急指令が入る。理由も分からぬままに動き出そうとする「きりしお」だが、スクリューが謎の障害物を噛み込み、離岸できない。艦を捨てて外に出ると、そこには体長数メートルの赤い甲殻類の大群が溢れかえり、祭りに来ている市民を次々に「食べていた」。市民と共に逃げ出す自衛官。しかし、最後尾を走る艦長と二人の実習幹部の目に、巨大エビから逃げ遅れた子供たちの姿が入る。救出に向かったことで基地外への脱出はままならず、彼等はやむなく停泊中の「きりしお」への立てこもりを決断する。13人の恐慌状態の子供たちは、何故かどこか「歪んでいる」。
 にわかには信じられぬ状況に、神奈川県警警備部のアウトロー警部は独特の勘で采配を振るう。警察庁警備部からも、有能かつ横紙破りの警視正が到着し、強権で事態を処理していく。しかし、「兵器」の使用を許されぬ警察の対応には限界がある。そして、自衛隊の出動が許可されぬまま、時間だけが刻々と過ぎていく……。
 閉鎖状況での「十五少年漂流記」、そして日本の「防衛事情」を交えつつ、圧倒的なパニック描写で綴る(ほとんど移動しない)冒険小説。


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 最近試みている「予備知識なしに選んだ本を読む」第2-3弾。今回は、amazonの「文学・評論」カテゴリ売り上げ上位から表紙画像だけを見て決めた(数週間前のデータにつき、現在のランキングについては不明)。結果として、この「ジャケ読み」作戦は大成功であった。いやあー、実に痛快!おもしろかった!「ウルトラマン」や「ゴジラ」が好きな世代にオススメ。その二つをほとんど知らない私でも、充分に面白かった。


 と言っても、私が興奮しているのはたった今読み終えたばかりの「海の底」の方である。この場合、<あらすじ>の長さの差は、感情の度合いを示す。「海」に比べると、前作「空」には血沸き肉踊らせるアドレナリン分泌力が少ない。パニック描写は控え目で、青春の葛藤を描く描写は青臭くてちょっとむずがゆかったよ。その点、「海」のパニック描写には容赦がなく、また青春なシーンでの会話表現も洗練されている。また、両作に共通している「硬軟ペア」の人物配置も、「海」では一層練られ、興を増している。
 更に前作と比較して「海」を褒めるなら、その贅肉を削ぎ落とした潔さをこそ良しとしたい。理由も分からぬまま肉親を失う「悲劇」、罪と罰に震える少年の「悲哀」が全編を貫く「空」に対し、「海」はいっそ娯楽大作と言っていいほど「パニック」を中心に据えている。限られた地域と時間の中で、突如として押し寄せてきた交流不可能な「暴力」と対峙する人々の群像劇である。うーん、うまい!446ページ、一日で読みきっちゃったよ。
 (国防問題などを大きく扱うため)難しいかもしれないが、強く映画化希望。「踊る大捜査線」好きなら、きっと食いつく観客は多い。でも、織田裕二は出さなくていいです


 二作共に共通する私の好きな要素は、「働く大人のかっこよさ」である。「空」の武田光稀三尉、春名高巳、そして宮じい。「海」の明石警部と烏丸警視正、二人の海自実習幹部、そして「きりしお」艦長。別に私は軍オタでも警察マニアでもないが、私心を(なるべく)捨てて働く彼らには小さく敬礼を送ろうと思う。巨大エビ来襲時には、どうぞよろしくお願いします。


 ところで……
 「海の底」を読んでいる最中、家人に「今読んでる本が面白くって」という話をした。
「あのね、横須賀に巨大エビの大群が上陸してねー」
「ふうん(興味なさそう)」
「人をバリバリ食べちゃうの」
「……そういう本読むなよ!」
 いやあ、まさかこんな話だとは思わなくってさ。はっはっは。