誘惑多き浮世の年の瀬



 ダイエット中である。
 ちょっと前に生クリームにはまったせいか、11月の検診で「今はまだ大丈夫だけど、このままのペースで体重が増えるとよろしくない」と言われてしまったのだ。以降、辛く厳しい食事制限の日々が始まった。


 まず、量を減らした。これくらい食べたい……という量を皿に盛り、それを半分にする。(残りは家人の皿か、翌日の弁当か朝食にスライドする。)慣れてくると、最初から少ない材料・小さい皿を用意できるようになった。減塩にも励まねばならない(足のむくみ・つりの原因になる)ので、スープは浮いた油を除いた後に具だけを食べる。
 次に、調理法を変えた。焼き・炒めを減らし、茹で料理を増やした。揚げ物を作らぬ訳ではないが、そういう時にはいつも以上に量を減らすようにした。
 そうなると、自然と材料も変わってくる。野菜でお腹を満たそうとするので、肉は添え物程度となり、芋や豆などが増える。豆腐屋の常連になる。茹でるだけで使いやすい、ほうれん草と小松菜の購入頻度が上がる。噛むことで満足感を得ようと、ご飯も玄米に変えた。弁当箱の中身がアースカラーになった。
 そして、とにかく生クリームとその他甘味を避けた。どうしても甘いものが食べたい時(しょっちゅうある)は、まず果物を選ぶようにした。次は和菓子である。それも、一度に一つだけと厳に命じた。どうしても誘惑に勝てぬ時は、一口かじって後は捨てた。もったいないオバケが出そうだが、そうでもしなけりゃ瓶の蜂蜜をすすりそうな勢いだったのだ。
 血の滲むような努力(この程度で?とお思いでしょうが、元が食いしん坊なもので)の末、12月の最初の検診ではわずかながら体重が落ちた。胎児の成育は順調である。前回と同じ助産婦さんから「がんばりましたねえ」とのお言葉を頂戴し、思わずガッツポーズ。しかし、助産婦さんは続けた。
「このままのペースで、がんばってくださいね。最後の1ヶ月は特にね」
 こ、このまま?
 クリスマスケーキの時期も?
 年末年始のごちそうシーズンも?
 バレンタインデーのカカオ薫る季節も?
 病院からの帰り道、タイヤキの匂いで気が狂いそうになる私なのだった。


 家人は「そこまでしなきゃダメなの?」と疑問なようで、食事中の私に「もっとお食べ」と言う。気付くと肉や魚が私の皿に移動している。最後の一個を譲ってくれる。食べてるから大丈夫だよ……とありがたく断るのだが、どうも私が極端に走っていると思っているようである。低カロリーを心掛けてはいるが、三食きちんと取っているのだから問題はないのよ。
 しかし、耐えているがゆえに「誘惑」を恐ろしいほどに強く感じるのは事実だ。荒野のイエスもかくや……とか言うとバチアタリだろうか。
「アナタが本当にメシヤ(救世主)ならば、この岩をパンに変えてみるがいい」
「いや、どうせなら定食屋を開業しよう」
「なんで?」
「『めしや』ってことで」
 バチアタリついでだ。
 ともあれ、材料を見てヨダレを垂らすところまでは行っていないが、「できあい」のものに心惹かれると危険である。なけなしの決断力をフル稼働して見ない振り。(ちなみに食いしん坊血統の一員である我が姉は、子供の頃に牧場の生きている牛を見て「おいしそう」と言ったことがある。このレベルにはまだまだ達していない。)


 そんな折、家人が一冊の雑誌を携えて帰宅した。それは、「BRUTUS」。特集は、「日本一の「手みやげ」はどれだ!? 」。
http://www.brutusonline.com/brutus/issue/index.jsp
http://shop.goo.ne.jp/store/magazine/gds/00569/?
 手土産……それは日本ではほぼ100%食べ物である。その内の、特においしいものをピックアップしたリスト……何故そんなものを私に見せるのだ。
パークハイアットデリカテッセンのコレかわいいと思わない?このブタの絵がいいよねー」
 などと家人は無邪気にオトメなことを言っているが、私はもう口の中が唾液で充満しているので返答できない。餡子たっぷりの和菓子、しっとりとしたバウムクーヘン、山盛りご飯に熱々カレー、高くそびえるハンバーガー、湯気に煙る肉まん、中身がみっちり詰まった焼き菓子、パンに塗っていただきたいバターやペースト類、オレンジ香るパネトーネ、冬のオススメ生チョコレート……わあああああああああああ、全部食べたい、ぜんぶ!
 自宅用に買ってしまうと、全部きれいに平らげてしまうだろう。だから、ここは一つ正しく「手土産」としてどなたかのお宅に持参し、そこから上品に一人分だけいただきたいものである。年末年始、もし私がお菓子を持って訪問してきたならば、どうか「おもたせをお出しするのは失礼ですから」とか言って違うものを出したりせず、持ってきたものを食べさせてください。ちょっとでいいんです、ちょっとで。あ、お茶もください。膨れますから。
 そんな妄想を抱きつつ、欲しい商品の買える場所を検索する年の暮れ。探すだけですよ。ほら、大丈夫になってから食べられるようにね。一番食べたいもの(御室/さのわ)は、京都に行かねば入手できぬらしい。良かった良かった。ん?お取り寄せできますって……?