定本育児の百科

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定本育児の百科
松田 道雄
岩波書店 1999-03
評価

私は赤ちゃん 私は二歳 桶谷式 母乳で育てる本 新版 赤ちゃんのいる暮らし シアーズ博士夫妻のベビーブック

by G-Tools , 2006/10/12



 ここに来ていよいよ読む、「普通の育児書」。しかも、古典。そして、名作。育児に迷うものは来たりて読め。ここに一つの導きの星がある。




 Amazonの「今売れている本・トップ100はこんな顔ぶれ(1時間おきに更新!)」で「妊娠・出産・子育て」の項を見ると、大抵の場合上位にこの書名がある。ふうむと思い、図書館で取り寄せてみた。引き取りに行くと、カウンターの上に巨大な本がドンと置かれた。はあはあ言いながら持ち帰り、重さを量ると1.8kg。その場で読むには分厚すぎた(840P)が、これをまた返却せにゃならんのかと思うと置いてくればよかったと後悔しきりであった。
 しかし、重さの中身は密度が高く、充分読むに値する。1967年の第一刷から版と改訂を重ね、今なお古びることのない著者の金言が、今日も多くの迷える両親を救っていることだろう。少々お高くはあるが、妊娠・誕生から就学までの必要充分な範囲を網羅した内容はすばらしい。図書館返却前には既にAmazonで購入していた。(普通の本屋じゃ買いたくない。重いから。)
 これはねー、すごいよ。読んでると、松田センセイ口調がうつるよ。


 著者、松田道雄医師(1908〜98)は、戦後から1967年まで京都で小児科医を開業。在野の医学者として、患者の立場に立った医療と育児を考え続け、1960年に著した「私は赤ちゃん」を皮切りに、両親と子供のための新しい育児書を次々に発表、多くの支持を得た。中でも、本書は著者が晩年まで30年以上手を入れ続けた労作である。著者が亡くなられたのは、98年の6月だが、本書に寄せられた「あとがき」の日付は「1998年春」となっている。まさに、ライフワークの結集と言えよう。
 長年の経験に基づく揺るがぬ知識のみならず、松田医師は医学の進歩や時代の流れに伴って変わる新情報を柔軟に取り入れている。本人の弁によれば、「内容が古びないように」諸外国の小児科雑誌や医学誌を日々読み、改訂のたびに加筆したという。また、読者からの「ここが分からない」という手紙を受け取ることで、その箇所をより分かりやすく訂正するなどの作業も怠らなかった。
 実用書は時にナマモノである。出版された瞬間に、既に古い知識となることもある。松田医師の大きな努力をもってしても、これを止めることは叶わないだろう。しかし、本書の内容には決して古びないものもある。これこそが、初めての育児に迷い、周囲の無責任な言葉に傷付き、自信を失いやすい若い両親を支える柱となっている。それは、彼らを励ます医師の言葉である。
 「まえがき」に当たる「この本のよみかた」によれば、「一度に全部よむにはおよばない。1ヶ月になったら1ヶ月のところを、1歳になったら1歳のところをよめばよい」とのことだが、読みたがりの私はとりあえず満1歳までをさらりと読んだ。そして、その最後「311.お誕生日ばんざい」と銘打たれた文章を読み、感動の余り泣いた。ついでに手帳に書き写した。


 誕生日おめでとう。
 1年間の育児で母親として多くのことを学ばれたと思う。赤ちゃんも成長したけれども、両親も人間として成長されたことを信じる。
 1年を振り返って、母親の心にもっとも深く刻み込まれたことは、この子にはこの子の個性があるということに違いない。その個性を世界中で一番よく知っているのは、自分において他にないという自信も生まれたと思う。その自信を一番大切にして欲しい。
 人間は自分の生命を生きるのだ。いきいきと、楽しく生きるのだ。生命を組み立てる個々の特徴、たとえば小食、たとえばたんがたまりやすい、がどうあろうと、生命をいきいきと楽しく生かすことに支障がなければ、意に介することはない。小食をなおすために生きるな、たんを取るために生きるな。
 小食であることが、赤ちゃんの日々の楽しさをどれだけ妨げているか。少しくらいせきが出ても、赤ちゃんは元気であそんでいるではないか。無理にきらいなご飯をやろうとして、赤ちゃんのあそびたいという意志を押さえつけないがいい。せきどめの注射に通って、満員の待合室に赤ちゃんの活動力を閉じこめないがいい。
 赤ちゃんの意志と活動力とは、もっと大きな、全生命のために、ついやされるべきだ。赤ちゃんの楽しみは、常に全生命の活動の中にある。赤ちゃんの意志は、もっと大きい目標に向かって、鼓舞されねばならぬ。
 赤ちゃんと共に生きる母親が、その全生命をつねに新鮮に、つねに楽しく生きることが、赤ちゃんのまわりをつねに明るくする。近所の奥さんは遺伝子の違う子を育てているのだ。長い間かけて自分流に成功しているのを初対面の医者に何がわかる。
 「なんじはなんじの道をすすめ。人びとをしていうにまかせよ。」(ダンテ)


 かくありたい。