結婚失格

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結婚失格
枡野 浩一
講談社 2006-10-31
評価

by G-Tools , 2007/05/13


【商品の説明】

  • 出版社 / 著者からの内容紹介

愛の暴力に、誠意はかくも無力なものなのか
四人での幸せな暮らしが、このまま続くと思っていたのに。週末以外は仕事場で暮らしてほしいと言い出した妻。いつのまにか、自宅玄関の鍵は取り替えられていた。

  • 内容(「BOOK」データベースより)

その昔、あなたのことが大好きで、そして今では嫌いになった。あまりにも率直に、リアルタイムで綴られた初の自伝的連載小説「結婚失格」…待望の単行本化。驚愕の同時進行形小説。短歌連作「愛について」、歌人穂村弘と作家・長嶋有のエッセイも特別収録。

  • 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

1968年、東京生まれ。歌人。広告会社勤務のコピーライター、雑誌ライターなどを経て、1997年、短歌集『てのりくじら』『ドレミふぁんくしょんドロップ』(共に実業之日本社)を刊行。以後、インターネットを中心とする静かな短歌ブームを牽引する存在となり、活字メディアはもちろん、テレビ、ラジオにも積極的に出演。短歌を中心に、現代詩、作詞、脚本、レビュー、エッセイなど多肢にわたる執筆活動を続けている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

さて、著者はCMで加藤あいと短歌詠んだりしているが、彼自身の作品を読むのはこれが初めてだった。読み終えてすぐの感想は、「けっ」。しばらくたってからようやく色々と考えられるようになった。


主人公の速水は、独特の作風で知られるAVの監督。妻の香は売れっ子のTVドラマ脚本家。前夫との娘と、速見との息子の四人家族。しかし、妻の要求で、速見は家庭からじわじわと疎外され(「外に仕事場を借りてほしい」「平日は仕事場で寝起きしてほしい」「帰って来ないでほしい」)、いつの間にか別居、離婚をせまられて調停中である。前夫の子とは言え、幼い娘は自分を実の父と思っている。ましてや、息子は間違いなく自分の子供である。家族に害をなしたことはないし、それどころか良い父親だったはず。なのになぜ、子供達に会えず、妻とも直接連絡を取ることが許されず、妻の弁護士からはストーカー扱いされねばならないのか……。「書評小説」という体裁を取りながら、速見は離婚調停を語り、息子への思いを語り、また一人の小さな部屋を満たす孤独について切々と語る。
すごーく、うっとうしい。
「離婚に直面している自分の気持ちを三人称でしか書けない気がしたから」、「小説ふうの書き方に辿り着」き、結果「どんなエッセイよりもエッセイらしく生(なま)になっていった」。と本人が述べるように、これはほぼノンフィクションの小説である。実に卑怯な方法である。実在の人物・出来事をモデルにしてはいるけど、作り事ですよ……と前置きすることで、読み手はかえってそれを事実だと受け取ってしまう。著者の元妻がどれほど異常で、残酷で、つまらぬ人間かという描写、にも拘らず著者は彼女を愛しているということ、全てが真実のように見えてしまう。言ったもん勝ちである。
巻頭に「愛について」と題された30首の短歌がある。自己憐憫と卑屈さと被害者意識のエッセンスみたいなもので、毒気に当てられはするが、読む端から抜けていくようで存在感は希薄。しかし、そんな中でも印象に残ったのはこの歌である。

その嘘が十五年後の娘と息子に見破られても 続ければよい

悪いのはお父さんじゃないんだよ、お母さんが嘘つきなんだよ。そんなことを言いたいのか。そんなことしか言うことはないのか。
実際に夫婦の間に何があったかは知らない。本当に、著者の書くとおり、元妻はひどい人間なのかもしれない。しかし、この本を読むことで、子供達は幸福になれるだろうか?自己弁護でも問題消化でもセルフヒーリングでも、好きにすればいい。ただ、「十五年後の娘と息子」がこの本を読むことを考えなかったのかと私は聞きたい。父に愛されていたと安堵できればそれでいい。そうなればいいけれど、育ての母の異常性と、それを知りながら救い出してくれなかった父親のめそめそした手記だと思われるかもしれない。


冷静に扱える内容じゃないのに、読んだ自分がバカである。
せめて最後は客観的に締める。文章は読みやすく、時間があれば一日で読み終える程度の分量も好ましい。巻末の穂村弘長嶋有の解説(にかえて)があるため、著者がどういう人間なのかを、(本人からだけでなく)別の視点から観察できる点もいい。


著者の「元妻」は、漫画家の南Q太。非常に才能豊かな作家で、私は「夢の温度」(全4巻)と「天井の下」という作品のファンである。「夢の温度・ふゆ」の新装版には、「ひみつメカ」「つちくじら」という家庭生活を描いたエッセイ漫画が載っている。

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夢の温度 1 冬 (1)
南 Q太
祥伝社 2002-09

by G-Tools , 2007/05/13

そこで描かれる家族四人の生活を見ていると、なぜこんなことになったのかと他人の家庭なのに悲しくなる。自らのエキセントリックさを認め、夫の気遣いを受け止めている作者が、「結婚失格」ではひどい妻、恐ろしい母になっている。彼女が変わったのか、語り手が異なれば物語も違うものになるのか。


「天井の下」は、南Q太未経験の方に、特にオススメしたい名著。
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天井の下
南 Q太
祥伝社 1999-06
評価

by G-Tools , 2007/05/13