わたしは驢馬に乗って下着をうりにゆきたい


【出版社による紹介】
思い切って買った、ひとひらの花弁に似たピンクのガーター・ベルト。「買った翌日から洋服の下につけた。私の中身はピンク色に輝き、おなかは絶えずひとり笑いをした。とくにトイレへ行くときがたのしみである。ぱっとスカートをめくると、たちまちピンクの世界が開ける。おしっこまでピンク色に染まっているようであった」。たった一枚の下着による感動が、鴨居羊子の人生を変えた。

先日の神奈川知事選で、この人と同姓同名(音のみ)が出ていて、ちょっと話題になった。そこで、「尻尾のある星座」(表紙絵も鴨居羊子)で触れられていたこのエッセイを読んでみることにした。


鴨居羊子(1925-1991)は、新聞記者から下着デザイナーに転向した異色の経歴の持ち主。洋裁を学んだこともないのに、ある日何の展望もなく新聞社を退職、下着を製作・販売する会社を立ち上げた。いわば、戦後女性企業家のはしりであると言えよう。戦直後の旧弊な価値観や商売上のしきたりに立ち向かい、下着を上着の奴隷という立場から、真に自由な存在へと解放しようと活動していく。本書は、その経緯とその後の生活を描いた自伝風のエッセイである。
色とりどりの下着や、アバンギャルドな着こなし、そしてそれらを身に着けることを楽しむという行為そのもの。無論、これらは生きるために必要不可欠なものではない。しかし、こういった不要な美しさや楽しみこそが人生を豊かにし、人を優しくする一助になるのだと思う。羊子がいなかったら、こんにちの色彩の洪水のようなランジェリーショップは、まだ未来のものだったのかもしれない。
気骨と情熱と涙に満ちた、ある女性の人生を見ることができたのは非常に興味深かったのだが、同時に少し悲しくもなった。彼女や同時代の人たちが作り上げた「自由」というものが、今や存在して当然のものとなり、その美しさが時代遅れになっていることを思い知らされたためだ。まこと、昭和は遠くなりにけり。