12番目のカード

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12番目のカード
ジェフリー ディーヴァー Jeffery Deaver 池田 真紀子
文藝春秋 2006-09
評価

by G-Tools , 2007/08/28

内容(「BOOK」データベースより)
ハーレムの高校に通う十六歳の少女ジェニーヴァが博物館で調べものをしている最中、一人の男に襲われそうになるが、機転をきかせて難を逃れる。現場にはレイプのための道具のほかに、タロットカードが残されていた。単純な強姦未遂事件と思い捜査を始めたライムとサックスたちだったが、その後も執拗にジェニーヴァを付け狙う犯人をまえに、何か別の動機があることに気づく。それは米国憲法成立の根底を揺るがす百四十年前の陰謀に結びつくものだった。そこにジェニーヴァの先祖である解放奴隷チャールズ・シングルトンが関与していたのだ…。“百四十年もの”の証拠物件を最先端の科学捜査技術を駆使して解明することができるのか?ライムの頭脳が時空を超える。

どんでん返しの達人、ディーヴァーによる、ライム・シリーズ最新作。かすかなヒントでも驚きを奪いかねないので、特にネタバレはしていないつもりだが、これから読む方はご注意願いたい。
本作そのものへの評価は、どうにか★3つである。ミステリとしてのストーリーは、破綻こそしていないが、やや弱い。
ありきたりな暴行事件かと思いきや、実は140年前の事件の隠蔽工作!かと思いきや、狙われた少女には重大な秘密が!なんてことを追っている内に、迫り来る殺し屋、さらに謎の男がもう一人!と平行して語られるベテラン警官の心の傷!殺し屋の思い出!高校生活は大変だぜ!真実はこれだ!違った!……といった具合で、とにかく忙しいせいかもしれない。そもそも、これは暴行事件じゃない、過去からの刺客だ!なんてフツーは考えんだろう、警察は。そこをつつくと益々散漫になるから、今回は四角四面なことを言うお役人は登場しない(のかもしれない)それになあ、犯人が余計なことしなければ、秘密は露見しなかったんじゃないかなあ。ヤブヘビそのもの。まあ犯罪なんてそんなものなんでしょうけど。
しかし、それでも面白い。それは主に、理由が不明確なまま命を狙われる黒人少女、ジェニーヴァの人物設定に拠るものだ。努力家で勤勉。偏見と諦めから逃れるために、黒人文化とハーレムを捨てて立身出世する夢を抱いている。コンプレックスとプライドのせめぎあいで、気難しい性格になっているが、それ以上にある秘密を抱え込んでいることで、他人を寄せ付けない部分がある。魅力的人物とは言い難いかもしれないが、共感と同情を覚えずにはいられない。
また、よくある「ほろ苦いエンディング」になりがちな所を、そのまま放置せずに、ページが終わった先でも解決のため努力することを教えてくれる点も好きだ。読者サービスの行き届いたディーヴァーならではの魅力だろう。
一つ、どーしても腑に落ちないのが、途中で負傷する警官に双子の兄弟がいるという設定。何の伏線なのかな?と思っていたが、特に活用されることもないままだった。次作以降に活躍するのかな?


作者にとっても、本作はミステリ小説である以上に、シリーズの中でライムが「12番目のカード」=「吊るされた男」の心境に至る転機のエピソードになっているように思える。それを企図して、タイトルに作中では登場頻度の低い小道具を用いているのだろう。
だが、複数の登場人物が現実を見つめ、逃げ出さず、耐え、努力し、受け入れる転機の象徴となっているのだから、もうちょっと重要な扱い方をしてほしかったよ。額に入れて飾るとか……しないか。


物語の最後には、あるささやかなエピソードがある。このシリーズを読み続けていて良かったなあ、と思った。ファンとして嬉しいので一つプラスの★4つ。