キングの死

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キングの死 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョン ハート John Hart 東野 さやか
早川書房 2006-12
評価

by G-Tools , 2007/10/04

内容(「BOOK」データベースより)
失踪中の辣腕弁護士が射殺死体で発見された。被害者の息子ワークは、傲慢で暴力的だった父の死に深い悲しみを覚えることは無かったが、ただ一点の不安が。父と不仲だった妹が、まさか…。愛する妹を護るため、ワークは捜査への協力を拒んだ。だがその結果、警察は莫大な遺産の相続人である彼を犯人だと疑う。アリバイを証明できないワークは、次第に追いつめられ…。スコット・トゥローの再来と激賞されたデビュー作。

私は、本を読んで不愉快になりたくないので、主人公が腹が立つほどバカだとか、救いがたく悲劇的な結末だとか、終始陰惨で水っぽい恐怖が読者を襲うとか謳っている小説は読まないようにしている。しょっちゅう書いているような気もするが、私にとっての読書はあくまでも娯楽なのだ。だから、主人公を好きになれないと分かっていたら、この本を手に取ることもなかっただろう。
私が彼を嫌うのは、彼が臆病者だからでも、弁護士だからでもない。彼が眉間にしわを寄せて、「君に僕の辛さは分からない」とか言ったり、様々な過去の記憶にさいなまれて被害者意識の塊になったりするからでもない。そんな風に苦悩しながらも、複数の女性と複数回関係を持っているのも、なんだかなーと思うし、腹が立つがストーリーの都合上許せなくはない。(大変な状況にいる奴はセックスすんな、と言っているのではない。せっかくしてるんだから、もっと明るくなれよ!浮気してるんだろ、楽しめよ!と思うのである。それをうじうじうじうじ、無理矢理襲われてしている訳でもあるまいに、気付いたらしてた、みたいな態度が許せん。妻を愛していない、と何度も確認しながらすんな。「後悔すると分かっている」ならすんな。お前にはパンツを脱がない断固とした決意と言うものはないのか!とかあんまりブーブー言っていると、フィクションの登場人物に何言ってるんだ?と私の頭のねじを心配されそうだな。)
私が彼を嫌いなのは、証拠もないのに妹を疑ってかかり、確認すらせず、自分や身内の保身のために、(刑事弁護士なのに)バレバレな嘘を吐き、衝動的に証拠隠滅するからである。アホか。いや、アホだ。お前はミステリを読まないのか。火曜サスペンス劇場を見ないのか。そういうことをする奴にいい目は出ないんだぞー。
しかし、こんな所にクレームをつける私が間違っている。これは、そういう小説なのだ。心に傷を負う男が、自らの愛や怒りや感傷によって追い詰められていく様を、ミステリの形を借りて描く作品なのである。主人公が元気な善人である必要はまるでない。というか、はつらつとした前向きなヒーローだったら、全然違う話になって、トゥローの再来とは言われないわな。「わーい、横暴なクソ親父が死んだよ〜ん。遺産がガッポリ、ひゃっほー。不本意に結婚した妻とは別れて、愛する女性と再婚しようっと。ええっ、ボクが親父殺しの容疑者?でも、実はアリバイあるから大丈夫だよ!」となる(これじゃただの明るいバカか)。後は父の死の真相を明かしておしまい。めでたしめでたし。誰も読まない。
私は主人公の性格や行動にイライラし、悲惨な過去や最低な父親像に辟易しながら、それでもページを繰るのをやめられなかった。最大の謎(父を殺したのは誰か)が気になるのは勿論のこと、主人公が傷付き、混乱し、感情的になって愚かな振る舞いを重ねながら、それでも懸命に良くなろう、父の影から抜け出そうと努力する様子を見守っていたからでもある。嫌いなんだけどな、こういう奴。でも、気になるのよね。しゃきっとせい、論理的に行動せいよ、と親戚のおじさんのような気分になるのだ。そんな立場になったことはないんだが。
物語は、後半、苦境の主人公が少数の友人に助けられて解決へと向かう。全ての謎は終盤に明かされるが、この結末がカタルシスを充足させるものなのかどうかは、読んでのお楽しみ。孤立無援とか四面楚歌とか自縄自縛とかのキャッチフレーズが浮かぶ前半を耐えれば、後半はドーンと解決篇でパラダイスだよー……とは行かないのだが、最後までガマンすれば何か得るものがある。
私にとっては意外な人物が犯人だったのだが、ストーリー上強引に感じる所は少なかった。なるほどねー、と感心できた。巧手と言えよう。また、主人公を敵視する殺人課の女性刑事や、主人公を助ける老医師や謎の男、探偵などのキャラクタ造形が秀逸である。私は探偵さんが好みのタイプです。俗悪な野次馬と、友情ある善良な人々の対比も(いささかステレオタイプではあるが、あるいはそれゆえに)効果的だ。さらに、人物や情景のディテール描写が、物語に深みと説得力を与えている。確かに、「激賞」されるだけのことはある作品である。
私が本作を最も支持するのは、亡父が「実はいい人でした」という風にならない点である。徹頭徹尾クソ親父。死ねば良い父親になれるわけではない。息子が父に対する憎しみを捨てないまま、父の頚木から逃れて自由になるところも良い。オススメ。