月の骨

月の骨 (創元推理文庫)

月の骨 (創元推理文庫)


昨日読了。


最初からぐいぐい引っ張るこの筆致を見よ!何が起こりつつあるのか見えぬまま、それでもこの魅力的な世界に引き込まれて行く嬉しさよ。既知の感覚と、想像を超える違和感がこの小説にはある。


詳しくは話せない。ほんの小さなことを言ってしまうだけで、これから読む人の妨げになってしまう……とても繊細なのだ。(!あとがきをゆめゆめ先に読まれぬこと!)私のこの文章も、新しく読まれる方の邪魔にならなければいいのだが。
また、誰にでも美しい物語ではない。人によっては、傷付き、不快になり、読まねばよかったと思うかもしれない。しかし、そうではないかもしれない。人生の秘密の一つを、ここに見付けることができる可能性がある。優れた書物とはそういうものだ。そして、私にとって「月の骨」は素晴らしい一冊となった。


物語は終始ある女性によって語られる。美しくはあるがごく平凡な彼女が、傷付きつつも今の幸福な生活を送るようになったいきさつが物語の導入部だ。素晴らしい男性と結婚し、娘を授かる。
ある日、彼女は奇妙な夢を見る。ペプシという名の彼女の息子と、飛行機でロンデュアという地に降り立とうとしている。眼下には美しい海が広がり、彼女はそこにいる奇妙な名前の魚を懐かしく思い出して息子に語る……覚えのない記憶を、いるはずのない息子に。「海が泥熊手とか麦汗とかヤスムーダなんて謎めいた名前の魚で一杯で、毎日たいしてすることがなかったころのこと、おぼえてるわ。」 
空港には帽子を被った犬と、狼とらくだが彼らを出迎え、歓迎している。その世界では大きな獣が言葉を操り、忘れられた機械が平原で動き続け、死者の住む町を無音が支配している。彼女達の目的は、ロンデュアに散らばる5本の月の骨を見付けることにある。


日常生活を送りながら、夜の夢は新聞の連載小説のように連続して進んでいく。現実に見たものや忘れていた記憶が現れたり、心配事が形になって出てきたりしながら。周囲は言う。話が進行していくのは奇妙だけど、他はごく普通の夢だよ。しかし、夢の物語が進むにつれ、現実の生活にも変化が現れる。二つの世界に影を落とす、死と暴力……そして愛する者との別離。幸福に見える日常の不安な影の原因はロンデュアにあり、ロンデュアの事象は現実世界からやって来るのだ。


気持ちよく読み終えたが、同時に、多感な時期にこの物語に出会わなくて良かった……とも思う。若干感受性の鈍った今だからこそ、素直に受け止められるが、十代で読んでいたら少しキケンだったろう。てなわけで、夢見る頃をまだ過ぎていない人には、少し刺激が強いかもしれない。
ところで、表紙の挿絵が良くない。私だったら、平野を走るオレンジ色の路面電車にする。そういうシーンがあるわけではないけれど。★★★★☆