硝子のハンマー

硝子のハンマー

硝子のハンマー



いやあ、面白い面白い。
第二部を読み始めたら、布団に入ったまま読み終えるまで眠れなかったよ。
(そして、夢で探偵兼弁護士になっていた。私の脳に複雑さというものはないのか?)
「天使の囀り」で食欲不振になり、「黒い家」で人間不信になった私が、再度懲りずに手を出した貴志祐介。今回は保安に不安になりました。セコムセコム。


密室と聞いただけでワクワクしてしまうどころか、「〜の部屋」(例:徹子)という名称を見ただけでトリックを考え始めてしまうそこのアナタ、これは読まねばなりませぬ。
自宅を密室にした状況を一度でも想定したことのあるそこの人にも、絶賛オススメ中ですよ。しかし、実験して家族を閉じ込めぬように。家屋を破壊せぬように。
本格ミステリを愛する老若男女に捧ぐ!って私からじゃなくて貴志祐介presentsなんだが。


事件はあるビルの中で発生する。
最近ある事件があったとかで、セキュリティばっちりだ。一階には警備員、エレベータには暗証番号、窓は「はめ殺し」で、ガラスは頑丈な防犯用合わせガラス。
外部からの侵入が考えにくい状況で、最上階の会社の社長の遺体が発見される。
場所は社長室。ドアは三箇所あり、それぞれが副社長室(事件当時外出)、専務室(事件当時昼寝)、秘書室前(秘書が一人留守番)に通じている。カメラには秘書室前の映像が記録されているが、事件当時の人の出入りはない。
警察は隣室にいた専務を拘束するが、彼が関与した証拠もまた見付からない……犯人は誰なのか?そして、密室トリックはいかにして築かれたのか?


第一部は「探偵徹底推理篇」。
探偵役は「犯罪コンサルタント」、榎本 径。
専務の弁護を担当する青砥 純子の依頼を請け負い、密室状況の解明に取り掛かる。要は、隣室の専務以外が社長室に侵入できた可能性を探る訳だ。
彼は怪しい前歴による経験と知識を生かして、あらゆる進入経路と方法を模索する。即席合鍵を作り、カメラを攪乱し、闇に紛れて活動する。
ここで示される多種多様な推理の山は、もう勿体無いとか贅沢とか言いたくなる量である。弁護士の純子が思いつくトンデモ案から、榎本が足で稼いだ地道なアイデアまで、その数……勘定する気にならない。少なくとも、売れない作家ならこのパートだけで3冊くらい水増しした本を書きそうなほどある。


第二部は「事件以前〜篇」。倒叙で語られる事件の全貌である。
犯人とトリックが詳細に語られる140ページ。
ううむ……と唸るか、えええっと怒るか、さてあなたの反応はDotch?


さて、男性作家の女性像には、時に違和感を覚えることも多い。端的に言えば、「そんな女いねーよ」ということである。
(逆もまた真かもしれない。どうなんでしょう?)
しかし、本作の純子は自然だ。仕事にストレスを抱えつつも、努力を怠らずに頑張る姿に親近感を覚える。張り切って空回りしたり、こんにゃろめと思いつつちょっと寂しかったり、あれこれ妄想したり、ストレス解消してる最中にも仕事のことを思い出してしまったり……元優等生奮闘記、といった風情である。


貴志祐介には、「ISORA」「黒い家」「青の炎」と映画化された作品が多い(どれも未見)が、これはそうは行かないだろう。その理由は……ちょいとネタバレ注意……、状況的には端役なのに、主役級の役者を起用する必要があるから。何故あの人がこんなチョイ役を?と思われたら、後に犯人探しの興趣はなくなる。


ここまで散々褒めておいてなんだが、「なんじゃそりゃ」と思う箇所もあった。
犯人の「防犯カメラ避け」の手段って、本当に有効なのか?実際にそれが可能なら、それに気付かない探偵ってどうよ。あんなに色々考えたのはなんだったのだ。
最後の社会派な一言は蛇足では?それ以前に少しも触れられていなかったため、かなり唐突に感じた。
また、登場人物の表記ゆれ(三人称が「榎本」だったり「径」だったり)も気になるところ。
しかし、充分堪能した。こういうのもっと読みたいなあ。★★★★☆