沈黙の惑星を離れて―マラカンドラ 火星編 別世界物語

沈黙の惑星を離れて―マラカンドラ 火星編 (別世界物語)

沈黙の惑星を離れて―マラカンドラ 火星編 (別世界物語)



英国ファンタジーの名作「ナルニア国物語」で名高い、C.S.ルイス(1898-1963)の手によるSF三部作の第一作目。
1938年の作である。SFとしては古い方に入るのかな?と思ったら、さにあらず。
http://www.mita.cc.keio.ac.jp/~tatsumi/html/library_html/study%20room/mars/mars6.htm
この素晴らしい年表によると、火星を扱った小説だけでも本作以前に三十作ほどがあるのだ。また、ルイス自身も「本作で初期のSFを揶揄するような表現があっても、それは私が先達を馬鹿にする意図によるものではない」と書いてもいる。書かれた時は、最先端SFだったのだ。当然なのだが、何だか不思議。
しかも、あとがきによればルイスは「SFについて」という一文をもものしているという。その中で「最も拙劣」なのは、「宇宙を背景にごくありふれたロマンス、スパイ、または犯罪小説を展開する」ものらしい。力いっぱい大真面目である。


余談だが、上記年表の1922年に、アレクセイ・トルストイ『火星にいった地球人』という作品があった。あの「トルストイ」がSF書いてたの、へええと思ったが……一応確認した。自分ほど信用できぬ者はなし。あの「戦争と平和」で有名なトルストイの没年は1910年。名前はレフ・ニコライビッチ。つまり、別人だった。山田と見て風太郎、北島と見てマヤと思い込むようなものである。もって自分をアホと銘すべし。


閑話休題。というか本題。
主人公は言語学者のランサム。独身の中年男。ケンブリッジ大学特別研究員である。休暇中にふらりと丘陵地帯へ徒歩旅行に出かけたところ、悪天候の中宿泊先が見付からず、ひょんなことからある屋敷に入り込む。中を窺うと、二人の男が少年を監禁しようとしているように見える。声をかけてみると、そのうちの一人は長年会っていなかったかつての同級生だった。もう一人は物理学者だという。
少年は解放されるが、ランサムは二人に招き入れられる。そして、供されたものを口にした後で意識を失う。気付いた時には今まで見たこともない光と影の世界にいた……宇宙に。
彼を拉致した二人が目指す惑星の名は「マラカンドラ」。宇宙船の中で漏れ聞いた二人の会話から推し量るに、彼はその星の蛮族に、いけにえとして捧げられるらしい。逃げられない、戻れない、何も分からない。さあ、どうしよう?


以下若干ネタバレ含む。
ランサムが目にするマラカンドラは、かつての大英帝国民が見た「野蛮な植民地」のようなものなのかもしれない。
地球とは似ても似つかぬ様子の大地。そこにいる生き物の外見も、人間とはかけ離れている。途方もなくひょろ長くて白いソーン、あざらしのような毛皮とビーバーのような尻尾、水かきの付いた足を持つフロス、たくさんの指を持った蛙のようなプフィフルトリッグ。この三種が知性を持ち、同じ神を信奉して暮らしている。
始め、ソーンにいけにえにされるため拉致されたと思い込んだランサムは(攫った二人もそう思い込んでいるのだが)、恐怖のあまりソーンの手を逃れ、一人森の中をさまよう。そこで出会った―「ライオンと魔女」のビーバーさんを髣髴とさせる―フロスに誘われ、彼らの村で世話になる。そこでの暮らしにより、彼はマラカンドラ語を習得する。言語学者の面目躍如である。
言葉が分かるようになるにつれ、ランサムは自らの誤解に気付いていく。ソーンは知的作業しか行わないが、他の二種族を支配しているわけではない。フロスは狩猟、漁撈、採取の民だが、三種族のうちで最も精神世界を充実させている。そして、三種共通言語はフロスの言葉である。更に、物語終盤にしか姿を見せないプフィフルトリッグは、物を作ることにかけては何者にも及ばぬ技術を持っている。彼らは、他種族を打ち負かそうだとか、支配しようだとかいった感情を持っていない。ましてや、他の惑星から来た生き物を、彼らの神(オヤルサ)にいけにえとして捧げるだなんて野蛮な習慣は持ち合わせない。それは全て、地球人が(彼らと違い)“曲がっている”が故に生じた誤解なのだ。
化け物のように思っていた異星人。しかし、実際に劣っているのは、地球から来た「文明人」たる我々なのではないか……。神であるオヤルサに導かれるまま、精霊エルディル、友人となったフロス、更には恐れていたソーンにも助けられ、ランサムは惑星の中心へと向かう。そこに彼が見る宇宙の真実、そして人間の醜さとは……?


ところで、内容以前の問題として、脱字がひどい。ちくま文庫の新装版だというが、以前からそうだったのだろうか?いずれにせよ、リニューアルの時に、ちゃんと校正しなかったのかなあ?★★★☆☆