マジック・サークル

マジック・サークル〈上〉

マジック・サークル〈上〉

マジック・サークル〈下〉

マジック・サークル〈下〉

「8(エイト)」、「デジタルの秘法」に続く、ネヴィルの第三作目。前二作が大好きな私は、当然ながら期待大で本書を読み始めた。傑作が二つ続けば、三つ目も裏切られないはずなのだ。はずだったのだ。


結論から申し上げる。駄作である。失敗作である。★★☆☆☆
厳しく読者を選ぶ小説である。キリスト教及びギリシャ神話に通じ、オカルトやトンデモ科学にも詳しく、「地図上のこことここを結ぶとこのマークになる!」という台詞に「無理がある」と突っ込みをいれるほど無粋でなく、もっとディープな「ダ・ヴィンチ・コード」が読みたい方には躊躇無くオススメできる。かもしれない。
私は読者として選ばれなかったらしい。
「最後まで読めばきっとスッキリするはず」と信じ、つまんねーと思う箇所も懸命に読んだ。そして、最後のページが本当に最後であることを確認して本を閉じ、叫んだ。「欲求不満!
以下、ネタバレ全開で理由を述べるため、是非読みたいという方は飛ばされますように。


難しいながらもあらすじ紹介。
1989年早春。主人公エアリアル・ベーン(♀)は、アイダホの原発で核廃棄物を管理するエキスパート。複雑な血縁関係を持つベーン一族にうんざりしていて、家族とは意図して疎遠な関係を保っている。そんな中、唯一親近感を共有していた従兄のサミュエル(義理の兄弟でもある)が、ある日謎の死を遂げる。そして、彼の遺言で「何か」を相続した彼女は、有史以来の巨大な謎を巡る冒険に巻き込まれていく。さらに、IAEA国際原子力機関)のヴォルフガング・フォン・ハウザーの依頼により、ソビエトへと旅立つ。一族の過去が待ち受けるヨーロッパへと。
物語はイエス・キリストによる暗喩とその仲間たちの苦難、ローマ皇帝たちの野望と陰謀、ヒットラーの目指す世界……様々な挿話に彩られつつ進む。それらがエアリアルによって一つになる時、各地に散らばる聖地や聖遺物の存在意義が明らかにされていく……はずだったんだけど。
わたしのあたまがわるいのか、さいごまでよんでもなにがなんだかパッラパラーでした。
世界中を旅して、歴史上の謎を解き明かし、そして最高の恋人を見付けましたとさ……ってことっすか?


複雑なプロットを一層複雑にするのが、ベーン一族の家系図である。
「事実は小説よりも奇なり」という言い回しがあるが、私はこれをもじってこう言う。「事実は小説よりも複雑」。
フィクションならば、まずは読者がそれ自体を楽しめるよう、ある程度の分かりやすさを伴う人間関係を作り出すことができる。込み入ってきたら整理して、足りなくなったら補えばいい。しかし、本書の家系図は、まるで事実であるかののように複雑でややこしい。
訳者が気を遣ったのか(自分でも分からなくなったのか)、本書上巻冒頭には家系図が示されている。(原語ペーパーバックにはない。)だが、なおもややこしいことに、1:下巻には家系図がない 2:そもそもこの家系図嘘八百である(だから下巻には入れられないのだろうが)。
下巻途中まで読み進み、何が何だか分からなくなった私は、真の家系図を作った。(作る内に熱中して巨大になってしまったので、残念ながらここでお見せすることはできないが……この本をこれから読む方にはお送りいたしましょう。)
異母及び異父きょうだいが6組、家系図の中だけで複数の異性と関係を持っているのがぞろぞろ。おばさんだと思っていた人は実は母方の祖母だし、父方のおじいさんだと思っていた一族中興の祖は母方の曽祖父。そして、主人公以外は(下宿の大家まで)皆こういった事実を知っていたりする。
主人公が不快に思うのも無理は無い。しかし、多すぎる秘密が明かされまくるので、徐々に驚かなくなってくる。エアリアルも私も、途中から「実は私の父はあなたの義理のお父さんです」とか言われても、「さよけ」ぐらいの反応しか示せなくなった。読者と一緒に無感動に陥ってくれるとは、中々親切な主人公だ。


挿入される紀元1世紀のエピソードもまた難解だ。順を追って出されはするし、相関性はそれなりにあるが、間が開くと何だか思い出せなくなるようなエピソードばかりなのだ。
イスラエル、ローマ、そしてブリンタニア(古イギリス)を舞台に繰り広げられる神秘と陰謀を巡るストーリーが、完全に味気ないわけではない。マグダラのマリア(ミリアム)や、アリマタヤのヨセフの物語は興味深い部分も多い。パウロに感じる胡散臭さも共感できる。ローマ皇帝の狂気の系譜も中々のエピソードだった。
しかし、いかんせん核心部に「秘密」が多すぎるため、彼らが何のために苦労したり殺したり死んだりしているのかが、今ひとつのみこめず共感しがたいのだ。
集中力を欠いて、だらだらよんでいたせいであることは否定しない。だが、集中できないくらい退屈なパートが多かったこともまた印象の一つである。


さらに、思わせぶりに出すだけ出して放置される登場人物が多過ぎる。
主人公を導く伯父は、最初に導き手として現れるものの、以降は電話で話すのみ。母親も同様。父親も置いてけぼり。最大の黒幕でさえ、主人公の前に姿を現すことなく終わるのだ。
要は、サンフランシスコ→アイダホ(職場とスキー場)→ユタ→ウィーン→モスクワ→パリ→アイダホ……移動しすぎなんじゃ!こんなんじゃ、重要な会話を電話でするしかなくなるわい。どうせなら、在宅で全員と電話して解決すりゃよかったんだよ
それもこれも、色ボケ主人公が絶世のハンサム(ヴォルフガング)と二人きりでいちゃいちゃする状況設定を作るためである。たぶん。お城に住んでて、腰が抜けるほどいい男で、しかも危険な香りと謎を身にまとう物理学者……作者の好みバクハツだ。
ちなみに、他にも90歳の驚天動地なハンサムとか、見る人がぽかんと口を開けずにはいられない美人チェロ奏者とかがぞろぞろ出て来ます。


また、サスペンス色を出す演出として、「誰もが皆疑わしく見える」というのは効果的だと思う。しかし、最後までずっとずっとずーっと「誰もが皆疑わしく見える」のは如何なものか。上司も同僚=家主も、実の父も可愛がってくれる伯父も初めて会う実の祖父も、旅先で遭う牧師も軍人も……誰も信じられない!とか言いつつ、主人公はドジしてミスして怪しい男にホイホイついてって、騙されていると分かってからもまだ思い切った行動が取れずにいる。
通常ならイライラする人物なのだが、本作に関しては主人公にやや同情的にもなる。だって、周囲がよってたかって与えたり奪ったりするモノが、一体何なのかを彼女だけが知らされないまま物語が進行するのだ。他の登場人物は、断片的な情報を断続して与え、「後は君がまとめるんだ」と言わんばかりに去って行く。
あームカツク。お前等自分でやりやがれ。


嫌なやつ総動員の本作の中で、一服の清涼剤となっているのが、猫のジェイソンである。ホッケーマスクに斧携えてうろうろしたりはしません。念のため。
水が好きで、風呂の中で泳いだりするカワイイ奴だ。しかし、主人公はそのジェイソンを置いて色男とお出かけである。しかも、スパイかもしれないと疑っている家主に預けて。なんじゃそりゃ。


これは根拠の無い想像に過ぎないが、一部類似点がある「ダ・ヴィンチ・コード」よりも早く刊行するために、本書はやっつけ仕事になったのかもしれない。
でもねー、前の二つは本当に面白いんだよ〜
「8(エイト)」*1は伝説のチェス・セットを巡り、フランス革命前後のヨーロッパと、オイルショック前夜のアメリカ-アラブ-アフリカを舞台に、交互に物語を展開させた傑作。チェスに興味があるなら、ベルばら好きなら、ナポレオン好きなら、是非。
「デジタルの秘法」*2は、ロスチャイルド家興隆の挿話を織り込みつつ、現代における銀行システムの盲点を突いた詐欺を描く「資本主義ファンタジー」。偽造証券の作り方教えます。
両方ともに、主人公にベタ惚れのめたくそかっこいい男性が出て来ます。頭が良くて趣味が良くていい服着てます。風にスカーフがなびきます。レストランでうんちく垂れます。一歩間違えなくても「ハーレクインか?」と思うような、ラブラブ描写がロマンチックです。カッコイイ名前の登場人物てんこ盛りです。歴史上の人物、オールスター・キャストでお送りします。オススメです!
……って、これくらいのテンションで楽しく読めると期待していたのだった。実に残念

*1:

8(エイト)〈上〉 (文春文庫)

8(エイト)〈上〉 (文春文庫)

*2:

デジタルの秘法 (文春文庫)

デジタルの秘法 (文春文庫)