レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語


本来、不幸な話は嫌いである。ハッピーエンドになりえないと予め分かっているものを、わざわざ見に行ったりしない。
しかし、この作品は予告からしてこう言っていた。
「この物語にハッピーエンドはない。そういうものをお望みならば、別の映画をご覧になるが良かろう。」
その上、アカデミー賞で「最優秀メイクアップ賞」を受賞したスタッフは、喜色満面でこう言った。
「レモニー・スニケットさん、これ以上不幸な話をもう作らないでください!」
私はハッピーエンドを愛し、しみったれた不幸話をこよなく憎む人間である。しかし、それらを押しのける好奇心の持ち主でもある。
そんな訳で、私は映画館に足を運んだ。一体どれくらい不幸な話なんだろう!とわくわくしながら……。


原作は「あまりに可哀想で読むのを止められず、世界中でベストセラーとなった人気シリーズ」。

不幸話を避けるレーダーが発達している私は、読んだことがなかったが。作者は勿論レモニー・スニケット(の代理人、ダニエル・ハンドラー)。日本語訳で8巻まで出ている。映画公開に伴い、1-3巻がボックスセットになっている。

世にも不幸なできごと (1)(2)(3) 3巻 箱入りセット

世にも不幸なできごと (1)(2)(3) 3巻 箱入りセット



不幸な映画のはずが、その導入は「ランラリラーランラリラー」という能天気な歌(音楽トマス・ニューマン)と、森の妖精さんが春を寿ぐシーンで始まる。「アレ?」と思う。しかし、大丈夫。これは夢まぼろし。すぐに不幸になるから、安心されたし。
この物語には、理解ある大人の助けや、妖精さんの奇跡などというものはない。(妖精さん一回だけ助けてくれるけど。)両親と住みなれた家―全ての物を失ったボードレール家の子供たちが、いかに自力で不幸シリーズを乗り越えていくか、という話である。
長女、ヴァイオレット(エミリー・ブラウニング)。14歳にして、天才発明家。日用品から、様々な道具を作り出す。

長男、クラウス(リアム・エイケン)。12歳にして、恐るべき知識と教養を誇る。今までに読んだ本は数知れず、しかもその全てを暗記している。

次女、サニー(カラ&シェルビー・ホフマン)。まだ赤ん坊で、「ダー」とか「ガー」しか発音できないが、その言葉の中には多くの意思が含まれている。特技は、四本の歯で何でもかじっちゃうこと。

この三人が海岸に来ていると、自宅が原因不明の家事で焼失し、両親が亡くなったことを知らされる。不運な(unfortunate)子供たちは、両親から莫大な富(fortune)を受け継いでいるため、銀行が遺産を管理し、長女が成人するまでは後見人の下で暮らさねばならない。そして、「一番近い親戚」ということで、同じ市内に住む(近いってそーゆー意味かい!)オラフ伯爵のもとに預けられる。

気味の悪い屋敷。温かみのない部屋。そして……子供たちの財産だけが目当ての、オラフ伯爵(ジム・キャリー)。
まんまと後見人におさまった伯爵は、以降あの手この手で子供たちを「事故死」させようとする。うまく逃げる→しつこく追ってくる→また逃げる→変装して追ってくる→なんとか逃げる……力いっぱい邪悪の限りをつくす伯爵に、知恵と勇気、そして四本の歯で立ち向かう子供たち。
方々を旅する内に、子供たちは両親の死の謎、そして両親自身の謎を見出すこととなる。血縁ではない「親戚」たち、不思議な望遠鏡、そして「上ってはならない」塔……数々の困難を乗り越え、子供たちはハッピーエンドを迎えられるのだろうか?うーん、無理だろうなあ。何せ、「不幸せな物語」だから。


この物語を我々に伝えるのは、(なぜか)時計台の中に住んでいる(顔の見えない)レモニー・スニケット(声:ジュード・ロウ)。古びたタイプライターを打ちながら、「これから先はもっと不幸になるよ〜、映画館を出るなら今だよ〜」などと配慮をしてくれる。
しかしながら、彼が言うほど(勿論アオリ文句なのは承知だが)「不幸」でもない。そりゃあ、自分が焼け出されて、家族を亡くして、不気味なオッサンに預けられた上にこき使われ、しかも命まで狙われたら「アタシって不幸……」と思うだろうが、あくまで他人の物語である。ボードレールの子供たちよりは、「おしん」の方が不幸に思える。
それは、悪役であるオラフ伯爵が、邪悪であると同時に滑稽で、どこかキュートなためだろう。どんな格好をしても、どこから見てもジム・キャリー。実に楽しそうに演じている。

また、子供たちの美しさ、可愛らしさにも、物語をただ痛ましいものとはさせえない力がある。
ヴァイオレットを演じたエミリー・ブラウニングは、「ゴーストシップ」の幽霊少女として、予告映像しか見ていない私にも強烈な印象を残した15歳。悲しそうな顔と、清楚なゴスロリ服がぐっと来る。
クラウスを演じたリアム・エイケンは、「ロード・トゥー・パーディション」でトム・ハンクスの息子役を演じたことでご記憶の方も多かろう。寂しげな垂れ目が、もう……たまらん!
サニーを演じたのは、双子のカラ&シェルビー・ホフマン。本作の中で唯一良く笑うキャラクターであり、実に、実にカワイイ赤ちゃんである。もうね、私も「ダァー」とか叫びたくなりましたよ。

その他の癖のある登場人物に、優しいモンティおじさん(「ラスト・サムライ」のビリー・コノリー)、臆病なジョセフィーンおばさん(メリル・ストリープ)など。


この映画の中に、「自然なもの」は何一つない。存在自体が不自然なオラフ伯爵だけではない。暗く色付いた空気、塵芥の中にあってなお美しい子供たち、強制的な遠近法……全てが完璧に作られている。また、大時代的な服装(コリーン・アトウッドによる衣裳の見事さを見よ!)や設定にもかかわらず、この世界はファックスもちゃんと存在する「現代」にあるのだ。究極の不自然さ!
エンドクレジットのスタッフを見ると、ボストンとロサンゼルスでロケをしているらしいが……どこなんだ、あんな風景がある場所は。


「プリンセス・ブライド」がお好きな方ならば、迷わず見ていただきたい。
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てゆーか、同じスタッフでリメイクしてほしいよー。小説の方も、追加バージョン(「キンポウゲの赤ちゃん」)が出ていることだし!


ということで、不幸度はさほど高くなく、意外にも爽やかな作品であった。ドロドロした粘着質の不幸や、生々しい死体をご希望の方には不向きである。インパクトにはやや欠けるが、最初から最後まで映像の美しさを堪能した。自宅で子供たちとキャーキャー言いながら見るのが、最も正しい鑑賞方法かもしれない。
惜しむらくは、私の後ろの席にいた娘っ子が、上映中に私のシートの背をガンガン蹴っていたことである。終了後に一言物申そうかと思ったが、「えー、結局誰が放火したのー?」とか言っていたので、かわいそうな子供と判断して放置することにした。不幸な子供には親切にしなくちゃね。ランラリラーランラリラーランラララー。★★★★☆


おまけ:最後に、とある大物俳優がチョイ役で出て来る。しかし、エンドクレジットには名前がなかった……ような気がする。もしかして、サニー役のカラ&シェルビー・ホフマンのお祖父ちゃんだったりするのかな?