くせ毛とわたし

朝、駅までの途上、脇道から一人の少女が出て来た。年の頃は中学生か。ニットのベストに短いプリーツスカートという、今時の制服姿である。
ショートカットの彼女の髪は、激しくはねていた。寝癖を修正できないまま、家を出る時間になったようだ。本人も気になるらしく、歩きながらもその部分を手で押さえる。しかし、手を離すとまた「びよん」と立ち上がってしまう。諦めて、「妖怪アンテナ」のようになった髪のまま彼女は歩いていった。
不思議な気分だった。かつての私が、今の私の前を歩いているのだ。
そう、私も彼女と同じくらい髪のはねた女子中学生だった。私には彼女の気持ちがとてもよく分かる。


癖毛には、「かわいい癖毛」と「かわいくない癖毛」がある。
「かわいい癖毛」は、別名「巻き毛」、または「天然カール」などと呼ばれる。これらの言葉が呼び覚ます情景は、天使のような白人の幼児や、ツヤのある繊細な髪のうねりである。BGMはミッシェル・ポルナレフとかエリック・サティとかであろう。
「かわいくない癖毛」は、別名「縮れ毛」、または「アホ毛」、あるいは「モジャモジャ」、「バクハツ」などと呼ばれる。これらの言葉が想起させるのは、寝癖であり、乱反射でツヤの失われた髪のカタマリであり、望みもせぬアフロ風ヘアである。BGMはmcA・Tをおいてほかにあるまい。「ボンバヘッ!」と叫ぶ時、開き直りと少しの悲しみを感じていただきたい。
あの寝癖少女なら、私のこの分類に強く同意してくれるものと思う。


私の髪は、実に可愛げのない癖毛である。写真をお見せすればご理解は早いと思うが、なぜか人体のパーツというものは、本体から離れた途端に実際以上に醜く見える。「ブラピの胸板ってステキ(はあと)」と思っているそこのあなたでも、「胸板」だけがペリカン便で届いたら、きっと「キモチワルイ」と思うことだろう。
ましてや、この場合は「毛」である。しかも、私の髪は縮れているのだ。これはキモチワルイよ。長さが30センチもあれば、その出所が人体の赤道付近ではなく北極点辺りだろうと推測してもらえるかもしれない。だが、人によっては赤道付近で生育状況が著しい場合も想定できる。やはり、公共の福祉のためには、私の髪の毛映像は封印されるべきであろう。
私の「かわいくない癖毛」は、まず太い。枝毛で三つ又に分かれても、一本の毛として遜色ないだけの太さを誇る。さらに、硬い。程よく短い状態だと、垂直に立つほどである。太くて硬くて立つ。とてもじゃないが、女として何の自慢にもならない。
全体に好き勝手な方向にうねるような癖もある。しかし、これだけならばまだ可愛げもある。問題は、髪の形状によって発生する「縮れ」である。断面が楕円形。更に、太さが均一でない。一本の髪の毛の中で、不規則に節があるかのようになっている。そして、その「節」の部分に強い「ねじれ」がある。これが縮れのメカニズムである。
大学の時、一般教養で「人類学」を取っていた。その授業で、上記のような髪はネグロイドの特徴だと聞いた時は、自らのモンゴロイドとしての出自を疑ったものだ。(そういえば、美容院で「南方系の方ですか?」と良く分からぬ質問をされたことがある。こんな薄い顔の南方系がいるかい。)そうなると、「橋の下」どころか、私は象牙海岸あたりで拾われたのかもしれぬ。だが、よくよく考えてみると、父もまったく同じ髪質なのだった。そうか、父がアフリカ生まれだったのか(違います)。


今でこそ、私の頭はどうにか統制が取れている。長じるにつれて癖毛が消えた……などという現代の奇跡のようなことはなく、金に飽かして縮毛矯正なるものを行っているためである。これは、(従来のストレートパーマなどとは異なり)薬剤と熱とテンションで癖毛を直毛の状態に固定し、その状況を半永久的に維持するという優れものだ。勿論、施術後に生えてくる部分までは責任を取ってくれない。そのため、時間が経つにつれ、まっすぐサラサラの髪の根元に、呪われた癖毛がにょろにょろしているという状態になる。まったくもって厭わしいもんである。
金額も張る。安くても2万以上。時間もかかる。飲まず食わずで5、6時間。しかし、これのあるないでは、髪にかかる手間が全く違う。
使用前:朝起きる。頭がバクハツしている。ただブラッシングしても、効果はない。水で濡らしても、乾けば元の木阿弥だ。固定力の強い整髪料をふんだんに使うと、ようやくどうにかなる。しかし、いつも同じような髪形になってしまう。うんと短くするか、長くしてまとめるかすればどうにかなるが、中途半端な長さだとまさにバクハツとしか言いようがない。
使用後:朝起きる。髪サラサラ。ブラッシングして、ハイおしまい。
生まれながらに直毛の人はこれがアタリマエなのか……と思うと切なくなる。人をうらやむのはよろしくないが、サラサラストレートの人に「天然パーマっていいなあ。美容院代かからないでしょ。」とか言われると、「ミヨコ、そこにすわりなさい。」と言いたくなる。
まあ「白髪だろうが癖毛だろうが、生えてるんだからいいじゃないか」というのが、前向きな人生としての結論だろうか。


下りのホームに向かう寝癖少女に(心の中で)エールを送りながら、私は上り電車に乗った。
朝に洗髪すると少しはマシだよ、と思いながら。