文学刑事サーズデイ・ネクスト1 ジェイン・エアを探せ!

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文学刑事サーズデイ・ネクスト〈1〉ジェイン・エアを探せ!
ジャスパー フォード Jasper Fforde 田村 源二
ソニーマガジンズ 2005-09
評価

嘆きのパ・ド・ドゥ 恋するA・I探偵 死んでもいきたいアルプス旅行 復讐への航路―若き女船長カイの挑戦 炎と花〈下〉

by G-Tools , 2006/10/10



パラレルワールドのイギリスで繰り広げられる、かなり変わったミステリ。ファンタジーにしてはやや辛口で、SFにしては自然すぎる、不思議な設定である。


舞台は1985年のイギリス。とは言っても、私たちが知っているあのイギリスではない。
帝政ロシアクリミア半島統治権を争うクリミア戦争は、131年目に突入。多くの国民が、彼の地には流れた家族の血ほどの価値がなく、本来の権利はロシアにあると考えているが、事実上国家を掌握している複合企業「ゴライアス社」の意図によって戦争は続いている。ゴライアスはマスコミを牛耳り、物資を抱え、強力な新兵器でクリミア戦争をイギリスの圧倒的優位に変えてみせると豪語しているのだ。
この世界では文学が第一の娯楽で、熱狂的な文学ファンが時に奇妙な事件を起こす。
例えば、シュールレアリスムは以前は禁じられていたが、解禁になってからはルネッサンス信奉者やフランス印象主義過激派と激しく対立している。時に暴動となるほどに。
また、ミルトンファンやブレークファンが、自らを「ジョン・ミルトン」「ウィリアム・ブレーク」と改名しているため、ファンの集会では同名の人間がぞろぞろ集う上に、混乱を避けるべく同姓同名には番号が割り振られている。
この世界のイギリスでは、特殊犯罪を取り締まる特別捜査機関スペシャル・オペレーションズ・ネットワーク)、通称「スペックオプス」が警察と共存している。SO-1〜30までの部局があり、SO-20より若い番号の局は、その内容が伏せられている。その内のいくつかは公然の秘密として知られてはいるのだが……。
主人公は、サーズデイ・ネクスト。女性、35歳、独身。故郷を離れ、ロンドンのSO-27(文学刑事局)で働く文学刑事―リテラテックである。贋作や盗難などを主に扱っている。
十数年前にクリミアに従軍し、ある無謀な作戦で心に深い傷を負い、多くの戦友と愛する兄を失った。そして、同じくそこで片足を失った恋人とも喧嘩別れして十年が過ぎた。
父はSO-12「時間警備隊(クロノガード)」の一員だったが、上司と対立して単独で離反し、今ではどことも知れぬ時空を逃げ回るお尋ね者となっている。
今の彼女は、クローンのドードー鳥(Ver.1.2)「ピックウィック」(鳴き声は「プロック、プロック」)と共に暮らしている。
仕事は単調で、最近ちょっと飽きてきた。そんな折、ある凶悪犯の顔を識別できることから、謎の部局SO-5にスカウトされる。 
全国指名手配・最凶悪犯リスト74週トップの極悪犯罪者にして、映像皆無の身元不明、神出鬼没の変幻自在、冷酷無比の地獄耳、アシュロン・ヘイディーズ。アシュロンは地獄を流れる川「アーケロン」、ヘイディーズは冥界の支配者「ハデス」。繋ぎ合わされた二つの不吉な名詞。
しかし、SO-5の捜査官たちは彼の返り討ちに遭い、唯一サーズデイだけが生き残る。消えたアシュロンを追い、サーズデイは旅立つ。不可思議な手がかりをたどりながら……。


なんだかシリアスな話のように聞こえるかもしれない。ところが、これが実に!楽しいストーリーなのだ。
文学マニアたちは熱狂的だがどこかマヌケで、愛すべき存在に見える。サーズデイを取り巻く人々も、実に素晴らしい。どこか変人だったり、尋常でなく異常だったりするスペックオプスの同僚たち。彼女の家族(常に時間旅行中で突発的に時間をとめて現れる父、心配性でおせっかいでいかにも「お母さん」な母ウェンズデイ、あんまりにも天才的な発明家である伯父のマイクロフトと、その勇気ある妻ポリー)。そして、十年振りに会う「忘れられない人」ランデン・パーク=レイン。悪役たちにすら、不思議な魅力がある。
私は無鉄砲なサーズデイにひやひやしたり、ランデンとのロマンスに溜息をついたり、独創的な活劇にわくわくしたり……とにかく忙しかった。それなり読みでのある五百ページ超ではあるが、振り返ればあっという間である。
そうそう。シェイクスピアの正体は、フランシス・ベーコンか、オックスフォード伯爵か、それとも?……という実に興味深い検証も行われる。オチは……読んでのお楽しみに。


私の読書量に占める(いわゆる)「文学」の割合はとても低い。
「おもな登場作品」として巻頭に挙げられている書名は、「ジェイン・エア」・「ハムレット」・「リチャード三世」・「じゃじゃ馬ならし」・「ロミオとジュリエット」・「不思議の国のアリス」・「鏡の国のアリス」・「水仙」(ワーズワース)・「大鴉」。この内私が読んだのは、「ハムレット」と「アリス」二冊だけである。
別に読まぬと心に決めているわけではないのだが、読み物に求める第一の要素が娯楽であるため、自然ブンガクへの道は遠くなる。文学史年表なんぞみると、読んだものを数えた方が早い。たぶん指は十本いらない。
そんな訳で、血中文学度がどん底の私ではあるが、この小説は大変に面白かった。ましてや、「ジェイン・エア」を愛読している人が読んだならば、どんなに興味深く、熱中できることだろう。私は「ジェイン」のあらすじさえ知らなかったのだから。
(私と違って)英文学を愛する人に、強くオススメ。「犬は勘定に入れません…あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎」*1が好きな方にも。★★★★☆


ところで、「文学史年表」で検索して見つけた、実にしょーもない年表。
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/1356/kuru/DAIBUN.html
『わが輩は大熊猫である』や『ふとめ雪』には腹筋を震わせて笑ってしまった。ああ、また思い出し笑いが……。