WRC初心者の楽しみ

家人はモータースポーツをこよなく愛しており、その手の番組を良く見ている。
私は、平べったい車がサーキットをぐるぐる回っているようなもの(F1とか)はどうにも退屈に思えて付き合いでも楽しんだことはなかったのだが、最近「ラリー」というものを知って自分から積極的に見るようになった。
ケーブルテレビのAXNという放送局が配信している、「AXNシェイクダウンWRC(ワールド・ラリー・チャンピオンシップ)」という番組である。
http://www.axn.co.jp/wrc/index.html


そもそも“rally”とは「一般公道で行う自動車競技」を指す。とは言っても、WRCは「うちの近所を暴走しているあいつらか!」とーゆーよーな無法なものではないので、竹刀を持って外に飛び出したりするのは控えていただきたい。これはFIA国際自動車連盟)が公認する正式な世界選手権であり、世界各国の人里離れた野山の公道を期間中閉鎖して行われている、恐ろしく泥臭いレースなのである。ほんと、あんなところ良く走るよ。時々崖から落ちたり、大岩にぶつかって炎上したりもしているんだから、酔狂な話である。(今のところ死人も怪我人も見ていない。キセキかもしれない。)
競技に出場する「ラリーカー」は市販車をベース(中身はまるで違うが)にしているので、どっかで見たような車がそんな苦労を重ねつつ山道や雪道、土埃で視界不良な中を爆走している。日本からはスバル(インプレッサ等)と三菱(ランサー等)、世界各国からはシトロエンプジョー・フォードという有名メーカの他、チェコシュコダという聞き慣れぬ車も出場している。今期は「大阪豆ゴハン」読者にはお馴染みの、(超大ベテラン)カルロス・サインツの勇姿も見ることができた。トルコ戦とギリシャ戦の際、シトロエンで二回限りの復帰を行ったのだ。オッサンが多いのも、この競技に味わいを感じる理由の一つかもしれない。
せまっくるしい車の中には、重装備のドライバーとコ・ドライバー(ナビゲータ)の二人が乗り込んでいる。ナビゲータが「何か」をひたすら読み上げ、ドライバーがひたすら運転する。私はてっきり「次右ね。あ、脇にでかい岩があるから注意ね」とか伝えていると思っていたのだが、家人は大いに笑って違うと言う。AXNのサイトから、彼等の仕事内容を抜書きしよう。

コ・ドライバーの仕事は、ドライバーがコースを走るのを「ガイドする」ことだ。ラリー前のレッキ(試合前に行う三日間の試走)では詳細な手書きの「ペースノート」を書き、各コーナーや路面の状態、穴や危険情報を記録して、相棒のドライバーが翌日どの程度の速度で走れるかを予測できるようにする。そしてステージで全速力を出すときにはドライバーにそれを伝える。
コ・ドライバーWRCの無名の英雄である。通常表彰台で脚光を浴びるのはドライバーで、そのときコ・ドライバーはサービスパークに戻って翌日のラリーに備えてペースノートを点検しているのが普通である。ドライバーと同じくらい用心深く、献身的で熱心であるが、優れたペースノートの読み手がいなかったら ドライバーは実力を出せないだろう。

ここには書いていないが、彼等はシフトチェンジやコーナーを通過する速度、ハンドルを切る角度すら指示する場合があるという。先の見えぬ曲がり角で「ここは150kmで突っ込んで30度の左折」とか言うのだ(たぶん)。すげー。映像を見ていると、舌を噛むんじゃないかと冷や冷やするほど揺れる車内で、コ・ドライバークリップボードと前方を交互に見ながら話し続けている。ほんとスゴイ。走行中の車内で地図を見るだけで車酔いする私には、ドライバー以上に神業を発揮する存在に見える。
7月末時点での成績は、シトロエンセバスチャン・ローブ(仏)が連戦連勝でトップ。しかし、出場メーカの成績を示すマニファクチャー・ポイントではプジョーシトロエンをややリードしている。(1チームから複数の車が出場するため。)スバルと三菱は、6チーム中4位と5位。
9月末からは日本(北海道)でもレースが行われる。いつか機会があったら見に行ってみたいものだ。びゅーん!と目の前を通り過ぎるだけなんだろうけれど。
 


彼等の出身地域は北欧やフランス、イタリアなど様々だが、共通語は英語だ。それぞれの出身地の訛りを強く出しながらも、しかしよく喋る彼らを見ていると、「正しく話す」ことに気を取られすぎる私たちとの違いを痛感する。
ネイティブ・スピーカでない限り、それと同じ程度流暢に話すことなどほぼ不可能だと思って構わないし、ほとんどの場合それを目指す必要すらないんじゃないかと思うのだ。しかし、単語の羅列しかできないこと、発音や文法が正しくないこと、そんな風に100%完璧じゃないこと……様々なことが足を竦ませる。でも、考えてもみてほしい。日本に来た外国人観光客がつたない日本語で話しかける時、外国人選手が日本語でインタビューに答える時、私たちは相手のことを考え、よく聞き理解しようと思うではないか。私たちが話し始めれば、聞く人たちはそれと同じような気持ちになるだろう。(意地悪な人も一定数いるだろうけれど。)堂々と、ガイジンとして喋ればいいのだ。(勉強するにこしたことはないけど。)
フィンランド訛り、デンマーク訛り、フランス、スペイン、イタリア訛り。冠詞も前置詞も気にせず、ただ話す。ドライバー、コ・ドライバー、メカニック、ドライバーのガールフレンド。様々な国の様々な人々。それでも、何を言っているのか(時にはネイティブの英語スピーカーよりも)よく分かる。喋らなくちゃ分からない。バベルの塔以降にしては、中々のものである。


番組を見る内に、「はてこの国旗はどこのだ?」「今回のレース開催場所ってどこだっけ?」などの地理的好奇心に駆られ、子供向けの世界地図を購入してみた(下記はその後出た最新版)。



世界191カ国の産業、文化、言語、国旗等の解説が付いており、馴染みのない小国などにも親しみを感じることができる。
思えば、小学生の時にも学校支給の地図帳を日がな眺めては、国名と首都をひたすら覚えてクラスメートと競ったりしていたものだ。マイナーだったり、ややこしかったりするほど達成感があり、その時覚えた「キプロスの首都はニコシア」「コスタリカの首都はサンホセ」などは、まさに三つ子の魂百まで踊り忘れず。バンコクの正式名称は結局覚えられなかったなあ……などと懐かしく思い出したりもする*1。東京23区も時々言えないのに、こんなもの忘れずにいても何の役にも立たないが。
こういう地図帳をテレビの脇に一つ置いておくと、ふと感じた好奇心を満足させるのに非常に便利である。特に、オリンピックの時などにオススメ。


運転免許はAT限定(なので家人のMT車は運転できない)、運動神経は平均以下、一人で運転したこともなく、未だにアクセルとブレーキの左右を覚えられず、しょっちゅう車酔いをする私だが、突発的な神様が「何でも好きなことができるようにしてやろう」と言ってくれたなら、「WRCのドライバーになりたい」と頼もうと思っている。スウェーデンの雪原、ニュージーランドの牧場脇、イタリアやキプロスの森の中、フランス、スペイン、アルゼンチン……世界中を巡り、走り回るのだ。どこまでも、どこまでも。

*1:ちなみに「クルンテープ・マハーナコーン・アモーン・ラタナコーシン・マヒンタラーユタヤー・マハーディロックポップ・ノッパラッタナ・ラーチャターニー・ブリーロム・ウドム・ラーチャニウェート・マハーサターン・アモーンビーマン・アワターンサティト・サッカタットティヤ・ウィサヌカム・プラシット」