くうねるところすむところ



 ああ、面白かった!
 あなたがもし女性で、読書が好きで、でも今何を読もうか決めあぐねているのなら、迷うことなく本書をオススメしたい。
 あなたがもし男性でも、きっと面白いと感じてもらえると思う。
 寝転がって読み始め、その内座り直して前のめりで読み終えた。気分爽快、非常に面白かった。★★★★☆


 これは、ある二人の「愚かな女」の物語。
 弱小求人誌で身を粉にして働く梨央(りお)は、上司との不倫に疲れ、達成感を得られぬ仕事に疲れたまま30歳の誕生日を迎える。自棄になって起こしたトラブルで、あるとび職の男性に出会い、一目惚れ。惚れっぽい上に行動力は人一倍の彼女は、彼を追いかける内に未知の建築業界へと走り込んでしまう。
 浮気して家族を捨てた夫を見限った郷子(きょうこ)は、成り行きで実父から夫へと受け継がれてきた「鍵山工務店」の社長になってしまう。知識も経験も愛社精神もない。年齢は40を超え、貫禄はあるが柔軟性に欠ける。いざとなれば会社なんて畳めばいいやと思って始めてみたものの、社長稼業なんて気楽にこなせるもんじゃない。胃を痛めながらリストラを敢行したら、やめさせたくない社員までいなくなってしまうし、不要だと思った社員が実は欠かせなかったことも後で分かる。
 この二人が出会い、それぞれに「仕事」をこなしていく内に起こるエピソードの数々は、やがてこの小さな工務店を違った方向へと導き始めるのだった……。


 二人の主人公、本当にオロカである。
 男に弱く、直情径行の梨央。頑固で周囲の見えない郷子。双方にその行動を諌めてくれる同性の人物(毒舌の友人・大学生の娘)はいるものの、素直に聞ける性格ならば苦労はない。
 しかし、スマートでないからこそ、彼女たちは魅力的なのだ。無駄な動きでバタバタしても、下心が丸見えで浅ましくても、迷っても間違っても本当にバカなことをしても、この二人にはバイタリティがある。また、彼女たちを取り巻く人々も、一癖ありつつも徐々に見えてくるパーソナリティに親しみを感じる。彼等もみんな、ずうずうしかったり、自分勝手だったり、口ばかりだったりするが、それでも生き生きとしている。
 筋立てにも人物描写にも複雑さはない。現実の建築業界に身を置く方には、甘く浅く見える部分もあろうかと思う。だが、フィクションとしてはこの単純構造がいい。楽しく、短時間で「鍵山工務店」とお付き合いすることができた。気軽に読める長さや語り口調も気に入った。ドラマ化したら、中々受けるのではないだろうか。
 作者が小説家を志すきっかけとなったという、アン・タイラーの作品も読んでみようと思う。


 私の勤務先は、ある意味建築業の一種である。何かを建造することはないが、他から受注した物件を下請けに発注するという仕組みは同じようなものだ。
 しかし、私自身は現場のことなど何も分かっていない。工程名を知っていても、具体的にそれが何を意味するのかはちんぷんかんぷんである。私が所属するのは、社内のシステムをいかに効率よく機能させるかを担当する部門である。この「効率」と、現場の「実情」が噛み合わぬことが多い。効率を考えるなら、発注の手間を削減するために下請けの数を減らす(個人事業者を減らす、または統合する)のが一番である。支払方法にしても、バラバラの締め日に合わせるよりも、先方の締め日を統一した方がいい。なんでお金を払う側が苦労して帳尻合わせにゃいかんのよ。こっちはいわば「雇い主」だっていうのに!と(自分は稼いでいないのに)偉そうに言ってみたりもする。
 しかし、現場を知るオジサマ方は「そうはいかんのよ」と仰る。人事異動で別の人になっても、まるで判で押したように「理屈だけじゃ下請けは働いてくれない」「そんな条件だと、下請けに逃げられる」と同じことを言う。
 本作でもそんな「合理化vs現状」のシーンがあり、何やら身につまされた。でもねえ、効率化は将来的には業界全体のためになるよ!とまだ思う私は、あくまで管理側の人間なのだろう。私も一度、現場修行に行くべきなのかなあ。