ブラザーズ・グリム



 母が「誕生日のプレゼント」として、この映画の試写会チケットを送ってくれた。感謝する娘は、早速お礼の電話をした。
「お母さん、チケットありがとう。ところで、テリー・ギリアムって知ってる?」
「ううん、知らない。でも、『青少年のための映画上映会』らしいから、そう変なものでもないでしょう。」
 知らぬが仏。
 ミステリとかホラーとか読むな見るなと口煩い家人も、「グリム童話の映画なの?いいんじゃない」とOKを出した。


 お皿をくれた友人を誘って見に行くことにしたが、彼女だけはちょっと心配になったようで尋ねてきた。
「怖い映画じゃないよね?」
「うーん……『青少年のための映画上映会』だから大丈夫だよ!」
 私とて、ギリアムの映画は「バンデットQ」と「フィッシャー・キング」しか見たことはない。
 しかし、この新作に関しては、アメリカの映画紹介番組や予告編などを見て、少なくとも「童話の映画」なんかではないということだけは把握していた。(あそこまでスゴイとは予測していなかったが。)これを黙っていたことを、友人が許してくれますように!


 そう、先んじて観覧する機会を得た私は皆様に警告せねばなるまい。
<注意!>この映画には下記のようなシーンがあります。
・虫がうじゃうじゃ
・拷問と拷問室(拷問自体はさほどでもないが)
・皮剥ぎ(魚ではない)
・その他「うへぇ」と言いたくなったり、オシリの辺りがもぞもぞするシーン多数
 はっきり言って、デートには不適格です。お子様をお連れになるのもオススメしません。私が子供だったら間違いなく泣いてたね。そういった意味では、「胎教」にも良くないでしょう。ははは。
 しかし、それでも全編を漂うのは悲惨なものではない。会場には数度ならず笑い声が聞こえ、私も何度もニヤニヤとした。あくまでも、大人のためのブラック・コメディ風味のダークファンタジーである。赤ずきんちゃんが無事家に帰れるなどと思うことなかれ。
 以下前半までの粗筋をご紹介するが、何も知らずに見に行く方がお楽しみは大きい……ともご忠告申し上げる。


 物語の舞台は、フランス(ナポレオン)占領下のドイツ。ウィル(マット・デイモン)とジェイク(ヒース・レッジャー)のグリム兄弟は、「魔物退治のスペシャリスト」として名を馳せ、かつ荒稼ぎしていた。しかし、その実態は事前に仕込んだ化け物仕掛けを片付けに来るだけの自作自演屋。過去の辛い経験もあり、魔法やおとぎ話などまるで信じていない兄ウィルヘルム。民間伝承に強い興味を持ち、元々はその研究家であり、今も村人達の話を記録し続ける弟ジェイコブ。割り切って詐欺と金儲けと女遊びにうつつを抜かす兄と異なり、弟は後ろ暗さを捨て切れずにいた。
 同じ頃、大きな森に接する小さな村マルバデンでは、少女たちが次々に姿を消していた。イチゴ摘みの赤ずきんは天翔るけだものに攫われ、友人を探しにパン屑を落としつつ森の奥へ進んだ兄妹は兄しか帰らない。消えた少女の数は10人にもなる……。
 そんな時、フランス軍の将軍ドゥラトンブ(ジョナサン・プライス)は配下のイタリア人カバルディ(ピーター・ストーメア)(趣味と家業は拷問)を遣わし二人を捕らえ、今まで重ねた罪によって死刑を宣告する。た・だ・し、マルバデンで起こっている怪事件(どうせお前等のような詐欺師の仕業だろうが)を解決したならば見逃してやろう……という条件で、二人は辺境の村に無理矢理派遣される。無論、目付けのカバルディが同行し、逃亡を図れば死刑実行である。
 怯える村人は森への案内を拒否し、「呪われた狩人」だけがガイドを買って出る。その名はアンジェリカ(レナ・ヘディ)。毛皮をまとい、弓を背負う美女である。彼女の父は昨冬狼に襲われ死に、その後森に入った二人の妹はそのまま戻らず、10人の行方不明者に名を連ねている。
 森には入口のない高い塔がある。伝説によれば、類稀なる美貌の女王(モニカ・ベルッチ)が永遠の命を得て今もそこに眠るという。人為的な誘拐行為と見て森の中に仕掛を探す兄弟に対し、アンジェリカは魔法の存在を肌で感じているのだった……。
 「ジャックと豆の木」、「赤ずきん」、「ヘンゼルとグレーテル」、「蛙の王様」、「白雪姫」、「ラプンツェル」、「あめふらし」……数々のグリム童話を想起させるイメージの断片を散りばめ、美しくおぞましく幻想的な映像が綴られる。しかし、あなたが童話に望むようなハッピーエンドはあるのだろうか?とくと見よ、森の奥、塔の中に何があるのかを!


 ということで、充分楽しめる映画であった。★★★★☆
 「本当は残酷な」などと言われずとも、私は金田鬼一訳のグリム童話を読んで育った人間である。お姫様は求婚者を殺すものだと分かっているし、王様は趣味で首を刎ねると知っているし、井戸の奥に恐ろしいものがいることだって承知である。
 しかし、それを映像化してなお陳腐に見せず、充分怖く美しいのは素晴らしい。皮肉とブラックユーモアを垣間見せつつ、ファンタジーとしても堪能できる。キモチワルイ映像を見ても泣かない人にオススメしたい。


 ところで、実際のグリム兄弟は、長男ヤーコプ(1785〜1863年)と次男ヴィルヘルム(1786〜1859年)という組み合わせなので、本作とは逆ということになる。フィクションであることを強調するための設定なのだろうか?