ユージニア

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ユージニア
恩田 陸
角川書店 2005-02-03
評価

蒲公英草紙―常野物語 夜のピクニック ネクロポリス 上 ネクロポリス 下 酩酊混乱紀行『恐怖の報酬』日記

by G-Tools , 2006/10/12



 「質問と答え(Q&A)だけで物語が進行するリアルでシリアスなドラマ」と評された実験的作品「Q&A」の後続作品とでも言うべき小説である。
 「謎が謎であること」がもたらす何かを感じていただきたい。


 物語は、昭和48年に北陸のある町で起こった大量毒殺事件で「死ななかった人々」の証言を主軸として進む。一つの事件が複数の人々の視点で思い出され、章を分けて語られる。ある章はインタビューのように。またある章は回想録のように。そしてある章は誰かの記憶の断片のように。それによって、徐々に明らかになる「不自然さ」。
 事件を扱ったノンフィクション作品は、奇妙な部分で事実と完全には一致しない。この小説全体を構成する「語り手」の姿も見えない。そして、事件の中心に美しく咲き続ける花のような盲目の美少女の知られざるその後。ミステリアスな要素を積み上げたまま、物語は進む。
 見えるもの、見えないもの。見る人、見られる人。全てを見通す、事件の真実を知る証言者を求め、読者はページを繰り続ける。真相はどこにあるだろう。最後のページの最後の行?それとも、最初のページの詩の中に?


 さて、いかにも恩田陸である。海辺のベンチで読んでいたなら、きっと足元まで波が寄せるようになっても立ち上がれなかっただろう。そういう集中力をぐいぐいと押し付けてくる、静かだけれど実に力のある作品である。
 しかし……と続けねばならないのが残念なところ。以下ある意味ネタバレなので、これから読まれる方はご覧にならぬように。




 「リドルストーリー」という小説のジャンルがある。概して短編で、(その名の通り)謎があり、そしてその謎が謎のまま放置されて話が終わる。
 最も有名なのがF・R・ストックトンの「女か虎か?」だろう。
 
 ある王が残酷な裁判を行っていた。罪人をコロッセウムに引き出し、二つの扉を示し、罪人自身にどちらかの扉を選ばせる。片方の扉を開くと美女が歩き出て来て、彼は無罪放免、美女を妻とできる。しかし、もう片方の扉の奥には虎が潜んでおり、そちらを選べば虎に食い殺される運命である。
 王には娘―王女がいた。彼女は身分違いの恋をしたが、相手の男が父王に見つかり、囚われてしまう。そして、彼がコロッセウムに引き出される。彼女はどちらの扉に虎がいるかを知っている。しかし、彼を助けたなら、彼は「賞品」の美女と夫婦となってしまう。愛情と嫉妬に迷う彼女を、今や罪人となった恋人がじっと見つめる。彼女は彼にある一方の扉を示す。勝ったのは愛か、それとも嫉妬か?結末は示されぬまま物語は終わる。


 私はこの「リドルストーリー」が嫌いだ。これについて考えたり、友人とそれぞれのアイデアを持ち寄ったりするのは楽しいが、私にとっての謎は解明されなければならないものだからだ。謎が謎のまま放置されると、髪が抜けそうなほど消耗する。飛行機の中でこの手の小説を読み終えてしまったら、具合が悪くなって「どなたかこの中に名探偵はいらっしゃいませんか?」と呼び出しをかけてもらわねばならなくなる。
 「ユージニア」は、ある意味このジャンルに入る作品である。17人を毒殺した犯人。事件の真相。周辺に起こる大小の事件。それらが明確に説明されることはない。姿の見えぬ情報蒐集者のノートを読み通すことで、何となくそうかな……?と読者自身が想像できるだけなのだ。もうあなた、ゴハンも抜かしてどっぷり漬かって400ページ読んで、それでこの「お任せ」状態はないんじゃないですか?と毛が抜けるような気分になった。貴重な資源を保持したい方には薦められない一冊かもしれない。
 だから、私は「ユージニア」をミステリー小説とは言わない。これは、謎の周囲を旋回し、その姿を目に入れさせつつも正体を明かすことのない物語だ。ねえ、実に恩田陸って感じでしょう。まったくもって悔しいのは、最後の最後で欲求不満になりつつも、この小説が実によくできているということである。夏の蒸し暑さ、様々なものの色、におい、手触りを感じさせる描写力の強さ。謎がそこにある、ということだけが多くの人々を古い事件に惹きつけ続ける設定。実に素晴らしい。
 そんな訳で、ここまで言っておいてなんだが、今の私は読んでがっかり……ということはない。でも、すっきりでもないとは言い添えておこう。