みんな行ってしまう

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みんな行ってしまう
マイケル・マーシャル・スミス 嶋田 洋一
東京創元社 2005-09-22
評価

ディアスポラ どんがらがん 啓示空間 終着の浜辺 ハイブリッド―新種

by G-Tools , 2006/10/12



 「『スペアーズ』の鬼才が贈る、哀歓と郷愁に満ちたSFホラー集」と裏表紙にあるのを見て読むことにした一冊。表紙絵は少し怖いし、ホラーは嫌いだけど、「スペアーズ」という書名に惹かれるものがあったのだ。


 2002年の秋、私は扁桃腺切除手術のために10日ほど入院していた。全身はぴんぴんしているのだが、ただ喉の手術跡だけが痛くて仕方なかった。空腹なのに、唾を飲み込むのさえ苦痛。退屈なのに、動くと傷跡に響く。そんな訳で、家族や友人に頼み込んで本や雑誌を山のように持ち込み、日がな一日ベッドの上でそれを読んでいた。「キャンディキャンディ」を初めて通して読み、「トリック」のノベライズににやにやし、アフガニスタンの子供たちの写真集に心打たれた。また、普段読まない雑誌の全てのページ・写真にじっくり目を通し、興味深い記事(行きたいレストラン・欲しい化粧品・気になる公演)をメモしたりもした。「スペアーズ」はそんな記事の一つ(書評)に触れられていた小説だった。
 人体の「スペア」として農場で飼育されるクローン人間。その管理をしていた男が、彼等を連れて逃避行に出る……というストーリーが紹介されていた。


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スペアーズ
マイケル・マーシャル スミス Michael Marshall Smith 嶋田 洋一
ソニーマガジンズ 1997-11

by G-Tools , 2006/10/12



 うーむ、面白そう。と書名をメモしたが、他の多くの本同様、その後何故か読まないままだった。図書館で見て「あ、この本だ」と思うこともあったが、何故か「今読もう」という風に動けない。そういう本が何冊かある。
 しかし、「みんな……」は短編集である。パラパラっと見て、合わぬようなら途中下車もできる。そうして、結局全12編を読んでしまった。しみじみする小品あり、意表を突かれて唸るものあり、最後まで読んで後悔する後味の作品あり。そして、全作品を貫く孤独と狂気の多様な姿。しっかりホラー。けっこうコワイ。


 好きになった作品は二つ。翻訳書表題ともなっている「みんな行ってしまう」(Everybody goes)と、(翻訳者は「不気味度が少し足りない」とご不満の)「いつも」(Always)。両方とも、ホラーよりはファンタジー寄りの短編で、ほのぼの+しみじみ+良く考えると少し怖い後味……という匙加減が絶妙。
 気味の悪さを愛しこそできないものの、うまいものだと感心したのは五つ。
 人生のミラーリングをしておいたはずが、何故か思うようにいかない皮肉の恐怖を淡々と描いた「バックアップ・ファイル」(Save As…)。
 追い込まれる主人公というホラーにありがちな設定をうまく生かした「死よりも苦く」(More Bitter Than Death)のラストには、背筋を寒くさせられた。
 小噺のような「ダイエット地獄」(Diet Hell)は、ある横着な「太りゆく男」のダイエット顛末記。少し笑えて、やっぱり怖い。
 運の悪い不器用な女性が凄まじい勢いで転落する様を描く「家主」(The Owner)には、心底ぞっとした。怖い!怖い!怖い!
 原書表題作の「ワンダー・ワールドの驚異」(What You Make It)は、世界の多面性を強烈に印象付ける。「良い世界」を守護する、強く邪悪な存在を見るがいい。
 いずれの作品も、地球上のごくありふれた生活を舞台にしているように見える。SFと銘打ってはあるが、宇宙を行き交ったりするわけではない。宇宙人も出てこない。ただ幼馴染と共に成長したり、愛する家族と暮らしたり、友人と遊びに出掛けたり……そんな普通のことが、くるりと裏側を見せるように恐怖へと変わるのだ。うえーん、怖いよー。(じゃあ読むなよ!)
 それから、気付いたことが一つ。作者にとって「猫」は、「幸福な人生」の象徴のようだ。ただし、本作中に「幸福な猫」は出てきませんので、あしからず。