ニキーチン夫妻と七人の子供

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ニキーチン夫妻と七人の子ども
レーナ・アレクセエヴナ・ニキーチナ ボリス・パーブロヴィチ・ニキーチン 匹田 軍次
暮しの手帖社 1985-02
評価

by G-Tools , 2006/10/12



 「予習」のために、育児書を読んでみることにした。
 しかし、どうせ読むなら少し変わったものを……ということで本書を読んでみた。米原万里のエッセイで触れられていた、旧ソ連時代(!)に書かれた育児書である。結果、少しどころでなく変わったものを読むことができた。中々スゴイよ、これは。未経験ゆえ実用性などは評価できないので、内容のご紹介のみ。


 1960〜70年代、モスクワ郊外に住むボリスとレーナのニキーチン夫妻は、7人の子供たちを独特の方法で育てた。「乳児というものは育児書に書いてあるよりもっとたくさんのことができる」と信じる彼らは、育児の専門家でも児童心理学者でもない。ただ、一人目の子供で学んだことを次の子供に活かし、二人から得た経験を三人目に、三人に教わった知識を四人目に……と試行錯誤を重ねることで独自のメソッドを編み出したものである。


 まず、夫妻はオムツに疑問を持った。洗濯や乾燥で両親に大きな負担を強いる(当時は勿論布のオムツしかない)だけでなく、排泄によって湿ったオムツは子供の肌にも悪影響を及ぼす。子供とて、冷たく湿ったオムツを喜ぶ訳がない。オムツは大人が手抜きのために子供に強いているのではないか?
 そこで、彼らは部屋の中にオマル代わりの金ダライを用意し、ひざの上に横にした子供をその上に抱えて用便させてみた。慣れると、赤ん坊が出す「オシッコしたい」というサインを見て取れるようになる。オムツはいつもさらさらに乾いており、子供は気分がいいし、親は山のような洗濯物から逃れられて良いこと尽くしである。


 また、「子供を寒さに晒してはならない」という考えにも疑問を抱くようになる。第一子の湿疹になやむ父ボリスは、ある日皮膚の痒みにむずかる息子の気を逸らそうと、ペチカでぬくぬくの屋内から肌着の彼を抱いたまま真冬の戸外へ出た。すると、それまでぐずっていた赤ん坊が落ち着き、ご機嫌になっているではないか。その後も、室内で息子が痒がり始めると雪の積もる二月のロシアに初めは数十秒、徐々に「お散歩」へと時間を延ばして連れ出すようになった。
 歩けるようになると、息子は自発的に裸足で雪の上に飛び出していくようになる。かかとが冷たく、青くなっても子供は平気にしている。夫妻は「寒さが子供たちに快適である限り、危険や害はないはず」との確信を得、第二子からは時々素っ裸(!)で戸外に置いたりするようにまでなる。
 周囲からは「肺炎/気管支炎/リューマチにさせる気か」と脅かされるも、これが原因で大病を患った子供は一人も出なかった。


 更に、赤ん坊の身体能力を侮り、時にはそれを押さえ込むことにも反対する。体を鍛えることは、産院から退院したその日から始められる。まず薄着をさせることで、習慣的に筋肉を緊張させる。また、丁寧にしかしエネルギッシュに扱うことでより筋肉を鍛錬する。
 それから握力に注目した夫妻は、寝転がっている赤ん坊の握り拳の中に親の指を差し込んで握らせ、それを引っ張ることで体を起こす運動を始める。首が据わっていないから後ろにダラーンとなるけど大丈夫。二ヶ月で親の指を掴んで起き上がれるようになり、三ヶ月で30秒以上ぶら下がって(!)いられるようになる証拠写真も掲載されている。一日の内、赤ん坊を抱き上げる動作は十数回にもなる。それを「運動」の機会に当てれば、赤ん坊にとってまたとないトレーニングになる。ニキーチン家の子供たちはこの遊びを気に入り、ベッドに横になったまま手が届く「横木」を取り付けると、一人で「腹筋運動」、果てには自力で立ち上がるようになったという。
 周囲からはこれについても「三ヶ月の子を立たせるなんて、足が曲がってしまう」との非難があったが、夫妻は「体は足だけでなく、手や背中など全身の筋肉で支えられている」「我が家の子供たちの手足はしっかりしているだけでなく、均整も取れている」と反論する。


 そして、「乳児は弱々しく保護されるだけの存在ではない」とも主張。彼等は子供たちに小さな金槌や斧を与え、熱いアイロンやマッチや針、はさみなどをことさらに隠すこともしなかった。子供たちはそれらが危険(熱い・痛い)ということを身をもって学び、用心深くなれるのだと。自ら触って納得することが、最も効果的な学習法だと。


 さて、ここまで「特殊性」を云々しておいて何だが、実は私は「イマドキの育児法」に詳しいわけではない。(家人は「まず普通の育児書を読めー」と言うが、今回に限ってw実にもっともな意見である。)しかし、それでも、オムツの頃から「オマル」を使わせるとか、ロシアの冬の戸外に肌着の赤ん坊を出すとかが普通でないことぐらいは想像できる。だってロシアだよ。サモワールの湯気に煙る部屋でペチカに当たってピロシキ食べなきゃ!
 実際、本書の話を(先日色々相談した)一児の母にしたところ、「そんな都合よくいくわけない!」という回答があった。本書が書かれた頃に育児をしていた私の母にも、「……まさかこの通りのことはしないよね?」と言われた。お二人とも、じつにごもっとも。風土も気候も文化も違う国で書かれたものである。その上、私は7人も子供を持つつもりはない。試行錯誤する暇がない。大胆な方法を試してみて、「やっべ、失敗したあ」で済ますわけにはいかない。
 でも……ちょっと試してみたいなー、と思わないでもない。いや、ちょっとだけですよ。ちょっとだけ。