さまよう刃

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さまよう刃
東野 圭吾
朝日新聞社 2004-12
評価

容疑者Xの献身 手紙 幻夜 黒笑小説 悪意

by G-Tools , 2006/10/12



 日本版「燃える男」(赤いトラクターじゃなくてクィネルの方)とでも言うべき、「正義の復讐譚」。
 法は娘を救ってくれなかった……不良少年達に娘を殺された父は、仇を探して一人旅立つ。
 巧みな構成と息をも吐かせぬストーリー展開。360ページを数時間で読み終えた。★★★☆☆


 詳細なストーリー紹介は不要であろう。近年問題となっている、「加害者を保護し、被害者をないがしろにする少年法」をメインテーマに据えた小説である。あえて分類するならば、「社会派サスペンス」だろう。周囲に配置されるのは、被害者家族に深く同情しつつも、それを表明できない現場の警察官の心情や、人心を煽ることだけを目指すマスコミの姿勢などだ。


 読者は想像せずにはいられない。もし自分が主人公(長峰)の立場だったら、同じように復讐を企図するだろうか……?法に背く仇討を決意できるだろうか?
 ある登場人物は言う。長峰は既に少年に娘を殺されるというダメージを負っている。ここで復讐のために少年を殺害すれば、今度は刑に服するという二重のダメージを負うことになると。しかし、掌中の玉を失って、まだなお平凡な生活に固執する理由があるだろうか?
 自分に置き換えて考えてみた。
 家人が理不尽な理由で殺害されても、私は仇討を選ばないだろう。それは、私にとって彼がどーでもいい人間だからではなく、一人残される私には他に守らねばならぬものがあるためだ。彼もそれを一番に望むだろうと思うからだ。
 しかし、自分の子供やうららが害されたなら、私は復讐をためらわないだろう。家のことは家人に任せておける。猟銃(ないけど)背負って旅に出よう。
 もう少し踏み込んで考えてみた。
 自分の子供が「加害者」になってしまったら、私は被害者の親の復讐を受け入れられるのだろうか。自分だってそう思うのだから当然だ、ハイどうぞ……だなんてできるのだろうか。これが非常に困難なことなのだから、自分が仇討を選択することもまた間違っているようにも思える。私が殺そうとする相手もまた誰かの子供なのだ。
 また、法治国家で感情を優先し、法をないがしろにすることは許されぬという思いもある。量刑に不満を持っているからといって、裁判を受けさせることなしに勝手に誰かを裁くのは間違っているとも。
 誰にでもそんな逡巡があるだろう。それゆえか、本書の結末はいささか「スッキリ!」とは言い難いものとなっている。好き嫌いは分かれるだろうが、じゃあどうすれば気持ちいい結末になったのかと考えると思い付かない。幾つかあり得る結末の内、もっとも妥当な終わり方であるのかもしれない。


 出産経験のある友人が以前言っていた。殺人などの凶悪犯罪に走ったどんな人間も、生まれた時は望まれ、愛され、可愛がられていたのだと思うと心中複雑だと。
 本作で犯罪に走る少年達は、スポイルされたゆえに不良化したという設定になっている。しかし、「こう育てればこうなる」という万能の規則がある訳でもあるまい。現実に多くの親が「こんなはずじゃなかった」と思い、「何が間違っていたのか」と悩んでいるだろう。ミスチルの歌ではないが、子供たちを被害者にも加害者にもしないためにできることは一体何だろう。どちらにしても、他人事ではない。深く考えさせられる一冊であった。