蒸篭騒動記

nekonomimi2006-01-10



 唐突に中華蒸篭(ちゅうかせいろ)を買うことになった。きっかけは、つい出来心で大量の「冷凍点心セット」を購入した + 一部を電子レンジ調理したが今一つだった + 急遽自宅で新年会を開催する予定になった―ことにある。
 木曜日の夜、帰宅した家人が言い出したところが「ふりだし」である。
「あさって、ここ(家)で新年会やりたいんだけど、ともだち呼んでいい?」
「いいよ。そうだ!どうせなら、冷凍庫を占領してるあの点心を食べてもらおう。じゃあ、せっかくだから蒸し器を買おう。金物はべちょべちょになるっていうから、竹の蓋が付いた中華蒸篭にしよう。」
 一旦決めると行動が早い点が私の長所である。(一度こうと決めたらガンコに陥るのは短所でもあるが。)その場で中華蒸篭についてのリサーチを実施し、購入するものを決めた。
・中華鍋(直径30cm)に乗せて使うので、蒸篭の大きさは28cm程度。
・鍋と蒸篭の間に入れるという「台輪」は不要。
・蒸篭×2と蓋で、予算は¥6,000〜7,000程度。(ネット通販ではこのくらいが標準なため。)


 早速、金曜日の朝、近所の金物屋に赴いた。しかし、ここではアルミ製のものしか取り扱いがないという。心は中華蒸篭である。妥協なんかしないぞ!と張り切る私は、近所のホームセンターへと足を伸ばした。ここにも、アルミ製の蒸し器しかない。どこにでもあると思っていたが、いざすぐに欲しいとなるとないものだ。二球連続で空振りすると、ちょっとがっかりである。
 だが、まだ日は高く、足も疲れていない。ここで横浜中華街(けっこう遠い)にでも行けば確実に商品はあるだろうが、流石にそこまで体力を見込むのは危険である。音に聞く浅草河童橋(割と近い)にもきっとブツを望めるだろうが、悲しいかな私には完全に未知の地である。道に迷って泣きべそをかいた経験が一度や二度ではない私は、こちらのリスクも避けることにした。
 そこで、馴染みのデパート西武百貨店池袋店へと進路を定めた。ここの調理器具売り場はそれなりの品揃えがあり、安くはないが信頼はできる。期待通り、売り場に積み上げられた中華蒸篭を発見した時は、思わず「やっと会えたね」と今更ヨン様のモノマネをしてしまうほど嬉しかった。お値段も手頃で、予算内に充分収まりそうだ。しかし、よく見ると……小さい。18cm、21cm、24cm。小さいと、それに合うサイズの鍋がない。あのー、大きいサイズはないんでしょうか?
「28cmがただいま品切れでございまして……お取り寄せいたしましょうか?一週間ほどで入荷可能ですが。」
 イエ、どうしても明日までに欲しいんです。幻の青い鳥をひたむきに追い求める(ガンコな)私は、「24cmでもいいんじゃない?」という内なる声を無視して更なるクエストへと旅立った。
 「ビックカメラ」のCMで「東が西武で♪西東武♪」と歌われている通り(メロディーは「ごんべさんの赤ちゃんが風邪引いた」)、JR池袋駅東口には西武百貨店、同駅西口には東武百貨店がある(それぞれ鉄道もある)。西がダメなら東に行くというのは、RPGの鉄則である。南北には何があるか知らないから行きたくないし。
 しかし、日頃西武ユーザの私は、東武百貨店経験値がとても低い。レベル1主人公のような気分で入店し、キッチン用品売り場(6F)も初めて訪れたのだが……こ、これは西武より (1)広い!(2)商品点数・種類が豊富!ではないか。勇んで売り場を渉猟すると、あったー!中華蒸篭が山積み!大きさも多様で、求めるサイズに最も合致するのは直径27cm。いやもう予定より1cm少ないから何だってんだ!ばんざーい(×3)。さあ、買って帰ろう。で、お幾らなのかな?

 
 え?




 え?




 ……私の予算は、「蒸篭本体×2+蓋」で¥7,000までである。だが、今この手の中にある商品は、本体だけで単価¥5,700。蓋は¥6,200。予定通りの点数を買うとなると、¥17,600になる計算である。二段にするのを諦めても、約¥12,000。何でこんなに高いんだ……と呆然とする私。
 よく見れば、材質はヒノキ(安いものはイチョウなどの白木)。そして国産(安いものは中国産)。さらに、メーカは高級刃物で有名な木屋。そうか、木屋ってこういうものも扱ってるんだ……って無駄知識を増やしている場合ではない。そりゃあ、この三連コンボじゃ高くもなるはずだ。エルメスでワニ革のバーキン買うようなものである。
 高級品だけあって、西武で見たものより明らかにしっかりしており、ずっしりと重い。鼻を近づければヒノキの良い香り。でも、値段は倍以上。おまえは値段の分だけ長持ちするのか?と尋ねるも、蒸篭は黙して返答しない。普通のかばんを買うつもりがバーキンになるなんてありえない。予算オーバーは購入断念の充分な理由になるはずだ。四球連続空振りの私は、意気消沈して帰宅した。あーあ、家中を湯気で満たしてご満悦の予定だったのになあ。


 その日の夜、私は帰ってきた家人に顛末を報告した。
「という訳で、蒸篭は諦めた。明日の朝にでも、近所でアルミの蒸し器を買ってくるよ」
「何で?中華蒸篭欲しかったんでしょ?丁度いいのがあったんでしょ?それ買えばいいじゃない
「だーかーらー(聞いてなかったのか?)、大幅に予算オーバーなの」
「まあまあ、じゃあ明日もう一度見に行ってみよう。新年会は夕方からだから」
 翌日、私は再度東武百貨店にいた。そして、気付くと家人がカートに蒸篭二段と蓋を積んでいた。
「これは買わないと。かっこいいし、便利そうだし。後は君がもったいなくないように使えばいいんだよ」
 買物に思い切りがいいのは家人の長所である。(別名を「浪費家」とするならば短所でもあるが。)この勢いに私も乗ることにした。ええい、蒸し料理はダイエットにもいいし、冬場は加湿器にも暖房にもなると思えばいいってことにしよう!
 だが、カートを押す家人を追ってレジへと向かうと、彼はそこを素通りして「アレッシィ」売り場へと向かうではないか。性差別を遺憾なく発揮して申し上げるが、家人は男のくせしてかわいいキッチングッズが大好きである。アレッシィは家人お気に入りのブランドで、うさぎの楊枝ケースだの、にんじん型のペーパータオルホルダーだの、ピノキオのじょうごだの、宇宙人の布団叩きだの、ワインオープナーだのカトラリーだの……もうたくさん持ってるでしょうが!しかし、「綿棒ケース」なるものを手に取った家人は、何だかうっとりしている。
 「かわいくない?」ってそりゃーかわいいですよ。でも、どこの世界に綿棒専用ケースなんてものを使う人間がいるというのだ!綿棒なんて、綿棒なんて……えーい、分かったよ!それも買うよ!何?うさこちゃんの弁当箱が欲しい?じゃあそれもカートに入れなさい。袋も?あー、入れなさい入れなさい。
 勢いとは恐ろしいものである。皆様にもお気を付けいただきたい。


 そんな訳で、我が家には立派な蒸篭セットが配備された(他にもミッフィとか宇宙人とかも配備されたが、それはさておき)。
 新年会に使った冷凍点心はふっくらほかほかに温まり、電子レンジ調理とは比べものにならぬ能力を発揮し、大変な好評を博した。その後も、サツマイモ・ジャガイモをほくほくに蒸かし、鶏肉をしっとりと蒸し上げ、もやしをぱりっと温めるなど、その活動は順調に続いている。気付けば買ってから使わぬ日のないほどだ。もの蒸す日々の豊かな生活。


 今日の昼はジャガイモを蒸かしてチーズと和えた。晩にはナスを蒸す予定だ。明日は茶碗蒸しを作ろう。暑くなる前に使って使って使い倒すのだ!


 今、参考に読んでいる蒸し料理の本。

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スチームフード
長尾 智子 福田 里香
柴田書店 2003-01

「蒸す」って、おいしい。―キッチンはいいにおい! ベジマニア―おいしく食べよう!豆・米・野菜 スチーム中華 日々の食卓―ひとつひとつの素材から広がるレシピ デイリーフード

by G-Tools , 2006/10/15