クライム・マシン



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クライム・マシン
ジャック リッチー Jack Ritchie 好野 理恵
晶文社 2005-09
評価

by G-Tools , 2006/10/15



 いきなりだが、「あとがき」から引用する。(作者の)「知名度は(不当なほど)低い」。そう、作者―ジャック・リッチー―と初対面の読者は叫ぶだろう。「何で今まで知らなかったんだろう!」、と。少なくとも、私はそうした。こんなに面白い小説を書く人を、今の今まで知らずにいたなんて、実に悔しい。ほんとーにもったいないことをした。


 宝島社の「このミステリーがすごい!」で2006年版海外作品の一位に選ばれた一冊である。 一昨年の一位「半身」とはとことん気が合わなかったので、翌年の一位(同じ作者)も無視していた。だが、今度はどんぴしゃ、ど真ん中、もうどうにでもしてという相性の良さである。20年以上前に亡くなられた方の作品集とは思えぬ鮮度。女性ばかり四人の翻訳陣の文章も素晴らしい。ヒッチコックが愛読したというエピソードには深く頷いた。うんうん、そういう感じだよ。ヒッチコックファン及び、ミステリにすっきりさせてくれる「オチ」を求めるご同輩にぜひお読みいただきたい。
 ジャック!愛してるよ!★★★★★


 さて、私は「オチ」を愛する余り、時に情景だの感情だのの描写を憎むほどである。物語の最初に「生垣」を長々と描写するくだりがあるというだけの理由で、スタンダールの「赤と黒」を数ページで投げ出した過去もある。
 これは血筋のようで、父にも同じような傾向がある。しかも、これでも私の代で薄まった方らしい。父はアガサ・クリスティを読んでいると、英国の田園風景の描写が延々と続くのにイライラし、「早く誰か殺されろ!」と思わずにいられないらしい。普段はおっとりした穏やかな人なのだが。無論、情景描写が原因で誰かを殺したこともない。
 私はクリスティこそ心安らかに読めるものの、やはり「これだ!」というオチを得られぬと(それこそ)落ち着かぬタイプの人間である。その点、本書に収録された短編はいずれも「ドスン」と大きな音を立てるようなオチが用意されている。卓越したアイデアが、ストイックかつユーモアに満ちた文章に肉付けされ、一篇のストーリーとして力強く生きているのだ。
 さあ、ページを開いてみてほしい。ここには爽快感あふれる仕掛けがあり、にやりとせずにおられぬ結末があり、そして背筋が寒くなるような真相がある。うまい。職人技。芸術家。なんでもいいや。とにかく、大好き!