守護者(キーパー)



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守護者(キーパー)
グレッグ ルッカ Greg Rucka 古沢 嘉通
講談社 1999-03
評価

奪回者 暗殺者(キラー) 耽溺者(ジャンキー) 逸脱者〈上〉 逸脱者〈下〉

by G-Tools , 2006/10/15



 ハードボイルド小説って、なんで主人公が一人称で語るものが多いんだろうなあ?などと考えつつ読んだ一冊。
 ボディガード稼業の主人公が、クライアントを死守すべく戦い、奔走する物語。骨太、社会派、そしてどこか神経質に思えるほどの「男性的繊細さ」を内包した作品に仕上がっている。今まで講談社文庫の翻訳モノにピンと来たことがある方には、間違いなくオススメ。戦う男の一人称小説がお好きな方にも。


 俺はアティカス・コディアック、28歳。陸軍で要人保護訓練を受け、その後同憲兵隊犯罪捜査部に勤務していたが、除隊後はボディガードとして生計を立てている。若いことを不安に思われることもあるが、俺はプロだ。経験も技術もあり、誇りも用心深さも充分に持ち合わせている。
 ひょんなきっかけで、俺は妊娠中絶手術を行っている女性産婦人科医に身辺警護を依頼される。熱狂的キリスト教右派の「反中絶団体」からの脅迫が相次ぎ、彼女とその娘の生命が危険に晒されているのだ。折りしも、中絶合法化賛成派と反対派が一堂に会する「共通基盤作成会議」の開催が目前に迫っている。反対派は何としても会議までに彼女を抹殺しようとするだろう。それを阻止しても、今度は安全確保が困難な議場で彼女を守らねばならない。簡単な仕事ではない。しかし、俺はこれを引き受けることにした。俺と仲間たちの眠れぬ日々が始まった……。


 と、無理やり慣れないハードボイルド口調で導入部のあらすじを語るならこんな感じである。男クサイ主人公なのだが、扱われるテーマは「女性の選択権を支配しようとする男性像」である。妊娠中絶は結局は女性、そして個人の問題である。その選択が彼女を傷付けないことなどありえないし、パートナーとしての男性がいたとしてもその思いを完全に理解することも不可能だ。しかし、世の中にはおせっかいな人がいて、妊娠中絶そのものを「許せん!」と思うだけでなく、それをさせまいとすることがある。誰もしたくてする訳じゃなかろうに。
 聞くところによれば、最近アメリカではキリスト教右派勢力の台頭が著しいそうな。アーヴィングの「オウエンのために祈りを」(1990年)でもそれに対する憂慮が描かれているところを見ると、「最近」のことではなく、アメリカという国の特徴でもあるのかもしれないが。ともあれ、彼等の内の極端な者は、全ての正否を神の名の下に決めてしまう。神様も迷惑してると思うぞ。しかも、「聖書にそう書いてあるから」ではなく、「エライ人がそう言っているから」というスタンスである。(聖書ってのも、時代的にどうしてもアナクロですけどね。)誠実で公平な聖職者や研究者ではなく、有能なアジテーターが組織を率いている。数を集め、煽動し、活動させる。妊娠中絶は、そんな彼等のメインターゲットのようだ。「堕胎は殺人だ」という考えの下、妊娠中絶を行う医療機関に嫌がらせや脅迫を行ったり、医師を殺害したりする場合もある。炭疽菌や爆弾を送りつけた事件もあった。「殺人は悪だ」という考えには至らぬらしい。バカだ。バカな狂信者ほど手に負えぬものはない。
 頑強な体と熱い心を持つ男は、繊細な心を身の内に隠し持っている。昼の傷を溜め込んだ心は、夜、夢で彼をさいなむ。安らかな眠りはいつ得られるのか……という描写は、がっちがちにハードボイルドな小説の中で、内省的緩みとなってリズムを作り出している。また、非常に魅力的な(口が悪くて腕っ節が強い)女探偵ブリジット・ローガンの存在は、物語全体を引き立てている。アティカスシリーズは以降「奪回者」「暗殺者」「逸脱者」と続いているようだが、番外編でブリジットが「主役」になる「耽溺者(ジャンキー)」も是非読んでみたい。