育児書と狼少女



「真っ当な日本人の育て方」という本を読んだ。図書館の新刊の棚で見た時から、読んだらムカついたり落ち込んだりするんだろーな、と分かっているのに手に取ってしまった。なんでかしら。私はマゾなんでしょーか?

photo
真っ当な日本人の育て方
田下 昌明
新潮社 2006-06-15

by G-Tools , 2006/10/20



ともあれ、この本に「インドの狼少女」の話が出てくる。赤ちゃんは正しく育てられないと、人間には成長できないのです!という警告のために引かれるエピソードである。


「狼少女」の話は、以前に読んだ別の育児関係の本(桶谷式授乳についての書籍)にも書かれていた。スキンシップを欠かすと、赤ちゃんは野生児のようになってしまいますよ!(だから、ミルクではなく母乳を与えましょう)という警告と共に。アホらしくなって、それ以上読むのをやめた。この話の信憑性が疑われてから、もう何年になるというんだ。もっと科学的にものを見ようよ。まあ、でも古い本だし仕方ないか……そう思っていた。
(科学的に「狼少女」を疑う考察はこちら。)


だが、「真っ当な……」が上梓されたのは、先月末のことである。そして、著者は医学博士である。もっと科学的に……と言いたいが、ご本人のキャリアは一応とっても科学的である。
その上、著者は本書の中で他の野生動物の例を複数挙げ、彼らの子育ては「(親の)身体が勝手に動いてそのような行動を取るだけ」で、「愛などありません。もちろん母性本能などというものもないのです。」と書いている。オイコラ、母性本能がないはずの狼が、なーんで8年も人間の子供を養育してるんだよ!8年も身体が勝手に動いてんのかい。
本書には、納得できる意見がない訳ではない。しかし、このように適切な懐疑を持たぬ人物に、何を説かれてもピンと来ないのである。鼻毛が飛び出している人に、「君の髪型の問題点は……」とか言われても、受け入れがたいでしょう。いくらその意見が「真っ当」でも。


「昔のやり方は正しかった。今のやり方は間違っている。」そう言いたがる人は多い。私だってそうなりがちだ。言うのは楽だ。正しいも間違っているも、証明のしようもないし。
筆者は、戦後アメリカから入った「新しい育児法」(スポック育児論など)が、日本人をダメにしたと言う。「『壊れた日本人』の出現は、永年受け継がれてきた日本ならではの育児法が、戦後なくなってしまった結果だった。」(裏表紙紹介文)
だが、そんなに戦前の育児方法が正しかったのなら、その時代には何の問題もなかったのだろうか?少年犯罪もなく、弱者に対する虐待もなく、モラルも保たれていたのだろうか?科学的なものの見方や、自分の意見を絶対と信じない客観的思考が養われたろうか?
たぶん、子育てに「正解」などない。でも、少なくとも「狼少女」のような話を盲信しないように、ということは教えたいと思う。「昔は良かった。今はダメ。」とやたらに言いたがる人間を信用するな、とも。