歯が生えた



かん子さんに歯が生えた。下の前歯が二本、薄く小さな乳歯が頭を覗かせている。


今日はずいぶん泣くなあ、と思っていたのだ。いつもなら、「うえーん、うえーん」とか言っていても、抱き上げるとすぐに泣き止む。抱いている本人には見えないが、その肩の上で激しくにやにやしている。現金な赤ん坊である。うそ泣きなのである。
しかし、今日は「うわぁぁぁぁあん」と涙を流し、暴れながら絶叫。抱き上げても、「うぇーん、うぇーん」程度にしか治まらない。抱いたままスクワットをしたり、ゆらゆらしたり、温かいミルクを飲ませたり、色々している内に1時間半。万策尽きたと諦めかけた頃、突然コテンと寝た。


二時間ほど昼寝をした後、目覚めたかん子さんはいつもどおりのゴキゲンなベイビーだった。さっきはなんだったんですか?と思いながら、最近買った「ちいさなうさこちゃん」を読んでやることにした。絵を見せながら読むと、喜ぶんである。やっぱ天才かもしれない。(確実に親バカかもしれない。)



「おおきな にわの まんなかに かわいい いえが ありました……」と、ゆっくり読んでいくと、かん子さんはブルーナの鮮やかな絵を見てにこにこする。「あるばんのこと ふわふわさん ぐっすり ねむっておりました。」というページに差し掛かった時、かん子さんが口を開けてえへへと笑った。私は叫んだ。
「歯が生えてる!」
「ええーっ」
家人が飛んで来た。二人で小さな歯を見て、抱っこされた時のかん子さんみたいににやにやした。かん子さんも、得意気ににやにやしていた。
あんなに泣いたのは、歯が生えた不快感によるものだったのか。あの時、歯が出て来ていたのだろうか。大きく口を開けて泣いていた時には気付かないで、小さく笑った時に気付くなんて、なんだか不思議なものだ。

先月から人見知りが始まり、最近寝返りを半分成功させ、そして今度は歯が生えた。5ヶ月に入ってすぐ、生後152日目。歯が生えたからって、急に成長するわけじゃないけど、こうやってどんどん大きくなっていくんだなあ。
そう思いつつ、かん子さんをお風呂に入れた。頭を洗った後、手桶に入れたお湯を注いですすぎをする時、「ざばーんするよー」といつも声を掛ける。聞いても別に準備をする訳じゃないので、頭からお湯をかけられたかん子さんは、毎回目をぱちぱちとしてびっくりしている。
ところが、今日「ざばーんするよー」と声を掛けたら……目をぎゅーっとつぶるではないか。そして、湯を浴びせられた後、得意気ににこにこする。偶然だよねえ、と思いながらも、再度必要もないのに「ざばーんするよー」と言ってみた。すると、またしっかり目をつぶった。
こんなことってあるんだろうか。歯のパワーってことなんだろうか。それとも……天才なんだろうか!(我ながら、つくづくアホだと思う。)