読書記録(2006年7月)





論理パズルをストーリーの中に埋め込んで、推理小説を偽装している「パズル小説」。「いつでも嘘をつくAと、いつでも正直なBと、交互に嘘と事実を言うCがいる」というようなよくある設定を、実際の状況としてぬけぬけとお話にしている。現実的な状況設定や、リアルな人物描写を一切排除して、純粋なパズルとしての謎を解くことに専念する様子は、いっそ潔いほどだ。
その他にも、この手のクイズが大好きな登場人物たちが好んで問題を解きたがる。物語に無関係に「ここに13個の同一形状の金塊があるが、内一つは偽物である」とかいうクイズが不意に現れたりする。論理パズルの類が大の苦手の私は、そんなクイズに全く頭を使うことなく本書を読み終えた。考えなきゃいいんだから、簡単だ。
そんな訳で、一次方程式もよう解けない私に、こんな本が面白い筈がないのだが、中々どーしてけっこう楽しめた。一番難しい部分を思考放棄して臨むと、これはお気楽なシチュエーション・コメディなのである。続編を読もうとまでは思わないが、読み終えて腹が立つこともないという点では、まあ正統派の★三つである。
一箇所気になるのは、冒頭で主人公が「男は婿養子にでもならなければ、生涯姓が変わることはない」と言っている点である。民法では、結婚の際男女「どちらかの」姓を選ぶとなっている。女性の姓を選ぶと「婿養子」ということはない。女性が改姓するのが当然、という風潮が気に入らんので、重箱の隅をつついておく。
最後に、本書からのクイズを一つ。
馬の前に羊が一頭、羊の前に馬と牛が一頭ずつ、牛の後ろに羊と馬が一頭ずつ、馬の後ろに牛が一頭います。全部で何頭いるでしょう?
答は、このページの最後に書いておきます。要は、こういう小説なんです。


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ページをめくれば
ゼナ・ヘンダースン 安野 玲 山田 順子
河出書房新社 2006-02-21
評価

by G-Tools , 2006/10/20



1950年代を代表する、アメリカ人女性SF作家の短編集。長く小学校教師を勤めた経験からか、学校を舞台にしたもの、幼い子供を主に扱う作品が多いようだ。「女子供の視点」から描かれる、繊細な心の機微や、胸を締め付けられるような情感を堪能した。
特に気に入ったのは、異星人との対立と交流を描いた「小委員会」(これは本当にいい!)と、奇妙な転校生の騒動を描く「一番近い学校」の二篇。どうしても好きになれない作品がいくつかあったために、★三つとしたが、「小委員会」だけなら文句なしの★★★★★。


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巴之丞鹿の子―猿若町捕物帳
近藤 史恵
幻冬舎 2001-10
評価

by G-Tools , 2006/10/20



先月読んだ「にわか大根」、玉島千陰シリーズの一作目。
江戸の町で起きる、若い娘の連続殺人事件。被害者は皆、人気役者ブランドの帯揚げを所持していた。それを捜査する千蔭と、同じ帯揚げを持つお袖と言う娘の物語が、交差しないままに進んでいく。謎めいた役者、巴之丞。彼と瓜二つの花魁(おいらん)、梅が枝。この二人に振り回される、千蔭。そして、彼らのストーリーにお袖が入り込む時、事件は急展開を見せることとなる。
ミステリ部分には不満があるが、登場人物の設定が非常に面白い。特に、あるカップルの姿には何やら感動めいたものまで覚えてしまった。そうだよ、恋ってこういうものだったよ。なーんてしみじみしちゃったりして、まあこのことは忘れてくれ。うーん、面白かった。


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ほおずき地獄―猿若町捕物帳
近藤 史恵
幻冬舎 2002-10
評価

by G-Tools , 2006/10/20



玉島千陰シリーズ二作目。
吉原で若い娘の幽霊が出ると噂になる。幽霊は、ちりめん製のほおずきを落としていくという。ひょんなことからそれに関わることになった千蔭は、梅が枝や巴之丞と共に真相を探っていく。平行して語られるのは、奇妙な境遇にある娘の独白。そして、ある日吉原で起こる殺人事件。その現場には、ちりめんのほおずきが残されていた……。人間の欲深さ、残酷さ、そして純真さが生む悲劇を描く物語。千蔭に持ち込まれる見合い話が、悲しい物語にコミカルなテイストを加えている。
今回もばっちり面白く、しかもささっと読める。しかし、伏線を一個拾い忘れているようなので、(伏線回収にうるさい私は)★一つ減。お侍の振りをしていた町人ってのは、誰だったんだよう。


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セントラル・パーク事件
クレイグ ライス Craig Rice 羽田 詩津子
早川書房 2006-04
評価

by G-Tools , 2006/10/20



1942年に発表された作品の新訳版。
ニューヨークのセントラルパークで、おのぼりさん相手に記念写真を撮るビンゴとハンサム。ある日、何気なく撮った一枚に、7年前に行方不明となり、あと一週間で保険上の死亡扱いになる男が写っていた。男の元パートナーに支払われる保険金額は、50万ドル。パートナーは彼に死んだままでいてほしいはず。ビンゴは男を誘拐し、パートナーを強請って大金を得ようと画策する。しかし、誘拐した男はいい奴だし、強請る相手は死体になっているし、ギャングが現れて脅しをかけるし、美女はしどけなく警告するし、もう一体どうなることやら。すかんぴんで、やくざで、でも気のいい二人組みは、散々な目に遭いつつも一攫千金の夢を追う。
金額に時代を感じる描写(タクシー1メータ25セント)が多い他は、60年以上前に書かれたとは思えない瑞々しさがある。ずる賢くハードボイルドなつもりで、実際には良心の呵責にさいなまれる二人の設定が特に素晴らしい。ミステリ部分の作りも上々。死体がゴロゴロする割に明るく、読みやすい作品である。




奇想コレクション」のシリーズ名にふさわしい、実に奇妙な短編集。こんな話、と紹介しても意味のないストーリーがてんこもり。
僻地に引きこもる男が、住む家にはびこる虫たちとコミュニケーションを取る「虫の園」。謎の言語を操る二歳児と、ストレスを抱え込むビジネスマンが交互に描かれる「ヨーロッパに捧げる物語」。直接的な接触を恐れ、“大きなこども”をボディガードに連れて歩く「愛情と共感」。この3篇が面白かったが、他は冗長で畳み掛けるような描写がどうにも性に合わず、退屈だった。




世にも恐ろしい作家、ジョナサン・キャロルによる短編集。これはすごいよ。
何気ない幸福の隙間に見える、底知れぬ悪意。愛情ゆえに生まれる、強い憎悪。100%確実ではない予言がもたらす恐怖。これらの要素が不思議な触媒を得て、不思議な物語が生まれていく。いったいどうやったらこんなアイデアを探し出すことができるのだろう。実に素晴らしい。
死を目前にして新たな幸福を見出す男を描く、「秋物コレクション」。犬と人間の友情物語がいつしかホラーへと転じる、「友の最良の人間」。最後の一行に凝縮された恐怖が香る表題作、「パニックの手」。この3篇が特に気に入った。




蘭と美食を愛し、外出と女をとことん嫌う安楽椅子探偵、ネロ・ウルフが主人公の長編推理。謎多きウルフの前半生が明かされ、彼の娘(!)を名乗る女性(ネヤ・トルミッチ)が現れる。東欧やナチを巡る国際的陰謀と、ネヤが巻き込まれた殺人事件が、登場人物てんこ盛りで語られる。
いやあ、古い。1940年出版、この日本語訳は1958年が初版。翻訳家の佐倉潤吾氏は、明治36年生まれである。「マフィン」の訳注が、「せんべいみたいなものでパンのかわり」と書いてある。ステキだあ。
肝心の話は、やや登場人物が多すぎる感があるものの、大掛かりなストーリーと謎が最後のページで収束する快感は中々のもの。私の愛するアーチボルト・グッドウィンが大活躍するのは、特に嬉しかった。


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真っ当な日本人の育て方
田下 昌明
新潮社 2006-06-15

by G-Tools , 2006/10/20

(感想別記)


さて、クイズの正解は「全部で3頭」。
左向きの牛と、右向きの馬と、左向きの羊が並んでいる状態である。牛馬羊を点(●)で考えず、頭と尾を持つものとして見る必要があるということらしい。お分かりになっただろうか?