最後のウィネベーゴ



今年から、商品説明を粗筋代わりに付けるようにしているのだが、本書に関してはそれをしない。何も知らずに、本当に何の情報もなく手に取って読んでほしい一冊だからである。例によって私を信じてくださる方は、以下をお読みになりませぬように。
現在のところ、今年のベスト1。生涯のベスト10にも入れたい一冊。


「リプレイ」「ドゥームズデイ・ブック」「航路」「犬は勘定に入れません」のウィリス・大森ペアによる、4篇収録の短編集(大森望編)。

私は作者だけでなく、この訳者・編者のファンでもあるので、まずはこの構成を褒めたい。「女王様でも」から「スパイス」は、軽妙な娯楽作品である。どれも訳の分からぬ状況からスタートし、「ああ、そういうことか」と骨子を掴みながら頬には笑みが浮かぶようなユーモアに満ちている。それが、「最後の」になると、それまでとは打って変わった終末の世界を見ることとなる。喪失と絶望、そして悔恨に満ちたある男と共に行動することとなる。作者の懐の深さ、また世界の様々な真実を一冊に凝縮したような編成がとても良い。
以下にそれぞれの感想を述べる。
「女王様でも」で語られるのは、なんと「月経」である。ステレオタイプフェミニズムに辟易している女性に特にオススメ。それ以外の方と男性にも、漏れなくオススメ。エンターテイメントとしてのガールズトークをとことんまで堪能できる。それにしても、女ってこの手の話題になるとほんとーに「語る」よねえ、と他人事のように思ってしまった。
小さな苦言を二つ。文中にカトリック教会が「女の牧師を認めなきゃならなくなる」という記述があるが、訳語として適切なのは「女の司祭」ではないだろうか?「牧師」はプロテスタントで用いられる用語だし、「女の牧師」はその中で既に存在するからである。また、訳者が解説で「オーディオブック版がiTunesStoreで600円で売っている」と書いているのだが、見付からないよ〜。Connie Willisで探してもない。「Even the Queen」で検索してもない。どこにあるんだあああ。
タイムアウトは、時間転移の実験を扱うと思いきや、「中年の危機」のお話である(独断)。ほほえましいよろめき描写が実にユーモラスで、日常の中で着々と進行するSF要素が効果的に使われているのも面白い。ロマンチックな恋とデジャブのSF的関係について知りたい方は、是非お読みあれ。
「スパイス・ポグロムは、押しかけエイリアンと、無理解な婚約者と、新たな男の登場に振り回される女性を描いたどたばたコメディ。言葉の通じぬエイリアンと登場人物の様子は、正しい異文化交流のあり方を示唆してくれる。また、往年のスクリューボールコメディに捧げられたというストーリーは、正しい男女関係についても大いに示唆してくれる。いざという時に走って来てくれない男と結婚してはならない。真理である。
「最後のウィネベーゴ」で描かれるのは、犬が絶滅した世界である。そして、写真に描かれるものについての物語でもある。(感光乳剤を使った「最先端」写真技術の描写を読み、懐かしく思ってしまった。)あなたの愛するものが身近にいるならば、その表情を記録したいと思うだろう。でも、できあがった写真に見えるのは、何故かいつもの表情ではないことが多い。どうすれば率直な、いつもあなたが美しいと感じる表情を捉えることができるだろうか。その答がこの中編の中に見付かるかもしれない。最後数ページが痛みを伴う感動をもたらし、それゆえに忘れられぬ一篇となった。


感動は「最後の」が大きかったが、先行する三篇のコメディ作品の方が実は好き。笑いは涙より軽いというものではないのだ。