本泥棒

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本泥棒
マークース・ズーサック 入江 真佐子
早川書房 2007-07
評価

by G-Tools , 2007/10/19

出版社からのコメント
わたしは死神。自己紹介はさして必要ではない。好むと好まざるとにかかわらず、いつの日か、あなたの魂はわたしの腕にゆだねられることになるのだから。これからあなたに聞かせる話は、ナチス政権下のドイツの小さな町に暮らす少女リーゼルの物語だ。彼女は一風変わった里親と暮らし、隣の少年と友情をはぐくみ、匿ったユダヤ人青年と心を通わせることになる。リーゼルが抵抗できないもの、それは書物の魅力だった。墓地で、焚書の山から、町長の書斎から、リーゼルは書物を盗み、書物をよりどころとして自身の世界を変えていくのだった……。『アンネの日記』+『スローターハウス5』と評され、アメリカ、イギリス、オーストラリアなどで異例のベストセラーを記録中の、新たな物語文学の傑作。著者マークース・ズーサックは、1975年、ドイツとオーストリアから移民してきた両親のあいだに、オーストラリアで生まれた。1999年の第一作The Underdogを皮切りとする自伝的要素の濃い「ウルフ三部作」を発表し、ヤングアダルトの作家として注目を浴びる。2002年刊の『メッセージ』で、オーストラリア児童図書賞、プリンツ賞のオナー賞を受賞している。本書『本泥棒』は大人向けに書いた初めての作品で、出版後たちまち《ニューヨーク・タイムズ》ベストセラーにランクインし、異例のロングセラーを続けている。

ヤングアダルト向けの小説として、これは長く読まれる名作となるだろう。
スタンダードな作品とは言えない。短いフレーズや、改行の多用、アスタリスクや太字での強調など、文体にはクセがある。嫌ったり、苦手に思ったりする人も多いだろう。(正直、私も最初の数十ページは苦痛だった。)しかし、それに慣れれば、魅力的な物語が見えてくる。戦時下の辛さや惨さの中に、思わず笑みを浮かべさせるようなユーモアを編みこんだストーリーだ。私は何度か泣き、また何度も笑った。そして、色々と考えた。(考えさせる作品、という点で、本作は実に若い世代向けである。フィクションから得られる真実について考察するというのは、実に「国語の授業」っぽいではないか。)
構成は巧みである。語り手は死神。それも、(表紙に描かれているような、マントに大鎌を携えたドクロ姿のものではなく)何だかサラリーマンのような設定である。死者の魂を回収しに各地に赴くことを、「仕事に行く」と言い、人間に淡々とした好意を持ち、小さな子供の魂は特別に両腕で抱きかかえるような死神。上司もいるらしい。(伊坂幸太郎の小説を喚起させる。)彼(?)の視点は、時間を超越し、またクライマックスを時に先取りしつつ物語を行き来する。
物語の大部分は、ある小さな町の中で起こる。そこに住む人々の細やかな描写や設定が、ストーリーに奥行きと説得力を加えている。小道具の使い方も巧みで、映像的な文章(また、作中に挿入される絵本)と相まって印象的である。既に映画化権が20世紀フォックス社に買われているとのことだが、真摯な作家に委ねられたならば、映像作品もまた素晴らしいものになりうるだろう。


国語の授業的に、本作を読んで私が考えたことを書こう。
二次大戦下のドイツを描いている以上、そこにはホロコーストが語られる。本作も例外ではない。
人種差別というものは、恐らく忌まわしくも消しようのない感情なのだろう。誰しも自らを悪い存在とはみなさない。自分が何かを悪いと感じる時、それは対象が悪いため、対象に責任があるのであって、自らの邪悪さから故なく悪意が生まれるとは思わない。ユダヤ人は利権を独占しているから悪い。ドイツ人が苦しんでいるのに、のうのうと豊かな暮らしをしているから悪い。正しいアーリア人種ではないから悪い。ちゃんと理由があるのだ。例え正しい理由でなくとも。
申し上げたい。これは正しくないし、このように考えるべきではない。青臭いし、当然だし、何言ってるんだと言われるだろうが、あえて申し上げたい。
誰かを嫌ったり差別したりする時、その誰かがユダヤ人だとか、中国人だとか、ハゲているからだとか、そういった理由で十把一絡げにすべきではない。「あいつらは働きもせずに日本人の税金を食いつぶしている」と、例え本当にそうしている人を知っていたとしても、そんな風に一事を万事に敷衍するべきではない。「ハゲてる奴は根性悪だ」などと、決め付けるべきではない。誰かを嫌うなら、それはその人がしみったれだとか、卑怯だとか、残酷だとか、不潔だとか、とにかくそういった個人的理由であるべきだ。まとめるのは危険だ。
私は博愛主義じゃない。近寄ると不愉快になるほど嫌っている人もいる。自分と違う人のことを恐れる気持ちもある。私の中にも邪悪さはある。だからこそ、自戒としても、こういう感情を忘れずにいたい。
こんなことを小学校の読書感想文で書いたら、先生に叱られそうだな。ハゲとか書くなって。


最後に。私は普段、他人様の感想をくさす趣味を持たないが、現時点でamazonの本作のトップに来ている読者レビューには大きな違和感を持ったので、難癖をつけておく。
ナチス政権下での本当の悲惨さを簡略してしまうのは歴史に対する冒涜だし、言葉の力を持つ本の素晴らしさを伝えるのであれば本を盗まれた人の気持ちはおざなり。」と書かれているが、これが本心ならば余りにも読解力に欠ける方である。この方が言う「ナチス政権下での本当の悲惨さ」は、ご自身が想定する要素を全て含めて描かれていないと不足だというのだろうか。これ以上に悲惨なことはあったのだろうけれど、この小説はそれを描くものではない。また、「本を盗まれた人の気持ち」については、きちんと描写されている。これで不足だというのなら、「泥棒」が主人公の本など読むべきではないだろう。