四日のあやめ

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四日のあやめ (新潮文庫)
山本 周五郎
新潮社 1978-08

by G-Tools , 2008/03/02


武家の法度である喧嘩の助太刀のたのみを、夫にとりつがなかった妻の行為をめぐって、夫婦の絆とは何かを問いかける「四日のあやめ」。娼婦仲間との戯れに始まった恋であるが故に、一子をなしながらも、男のもとから立ち去ろうとする女を描いて周五郎文学ならではの余韻を残す「契りきぬ」。ほかに珠玉作全9篇を収める。

収録作品

ゆだん大敵/契りきぬ/はたし状/貧窮問答/初夜/四日のあやめ/古今集巻之五/燕/榎物語

★★★☆☆
最も印象的なのは、最後の「榎物語」。
誰にも認められぬまま生きてきた娘が、ただ一人彼女を気に掛けてくれた若者と慕い合うようになる。しかし、二人は身分の違いから引き離される。

「待っていてくれますか」
「ええ、五年でも十年でも」「たとえ一生涯でも、あたしは国さんを待っています」

ああ、なんてロマンチックなのかしら。
しかし、山津波が彼女の生家、家族、財産を押し流す。一人生き延びた娘は、元の身分を隠し、再会を誓った榎の大木の下で待ち続ける。
聞けば、良くある話である。しかし、この短編の印象的なのは、そこから先なのだ。一人になった娘は、大店の息子に見初められるが、引き離された若者を待つために断り続ける。そして、9年が過ぎる。「離れていても、年月が流れても、ここにいればいつかは会える」と信じる彼女の前に現れる、驚くべき真実。
若い時分に読んでいたならば、何これ、全然ロマンチックじゃない!と腹が立ったかもしれない。しかし、今の私はこの物語のエンディングに、何か「人生の真実」とでも言うべきものを感じるのである。「ずっと待っていてください」と言って、本当に待たせ続けるような男を待ってはいけないのだ。また、幼い日の恋は、その時は実際真心でも、それを美化もせず、風化もさせず維持し続けるのは極めて困難なのだ。30も半ばになってようやくこんなことが理解できるようでは、私もまだまだである。