すべては遠い幻

 おまえはよく言っていた。パパ、見て、この三つ編み。見て見て、虫に刺されてこんなになっちゃった。見て、逆立ちができたの。卵転がし*1ができたの。ねえ見て、棘が刺さっちゃった。見て、このスペリング・テスト。見て、宙返りができるのよ。見て、ヒキガエルを見つけたの。見て、パパにプレゼントをつくったのよ。ほら見て、ちゃんと進級したでしょ。合格通知よ。見て、卒業証明書よ。見て、超音波の画像。これが孫娘よ。
 おまえがわたしに見てと言ったもののすべてを思い出すことはできないだろう。私が思い出すのはただ、おまえがよくそう言ってきたということだけだ。
   アンドリュー


【内容紹介】
ディーリア・ホプキンズ、32歳。幼いときに母親を亡くし、以来父親の手ひとつで育てられた。父の深い愛情に包まれ、何不自由ない少女時代ではあったが、やはり母のいない寂しさは埋めようがなかった。母が生きていてくれたら、とことあるごとに夢見ながらおとなになった。ところがある日、衝撃的な出来事が起こる。父の逮捕。容疑は28年まえの幼児誘拐。被害者はなんと、当時4歳だったディーリア自身。離婚した妻のもとから彼女を連れ出して、28年間、身分を偽り、真実をひた隠しにして生きてきたのだった。ディーリアは激しく動揺する。愛する父が犯罪者? 母は生きているの? わたしはほんとうは誰なの? 幻のように消えてしまった自分の過去を探る彼女は、やがて苛酷な真実と向き合うことに……。
誘拐、アルコール依存、親子関係など、答えの出せないさまざまな問題を読者に突きつける意欲作。


*1:復活祭のイースターエッグを使ったゲーム