その名はうさこ



 赤ん坊のおでこには、大きな黒い「痣」があった。産直後でヨロヨロかつハイテンションの私は、とりあえず手足目鼻口が揃って産まれたことに満足しており、それと分かっても「そうかあ」程度にしか思わなかった。


 だが、家人は「女の子なのに、かわいそうに……」と相当ショックを受けたらしく、暗ーい気分になっていたようだ。「きっとその内に消えちゃうよ」などと慰めても、「かわいい帽子をたくさん買わなきゃ」などとどうも後ろ向きである。


 病院でも気を使ってくれて、皮膚科の医師が検診してくれることになった。診察後に話を伺うと……

・名前を付けるなら、「母斑細胞性母斑」。つまり、ほくろ(の大きなもの)。
・メラノーマ(悪性黒色腫)のような悪性のものではないだろう。
・他のほくろと同様、自然に消えるということはまず考えられない。
・「消す」ということになると、皮膚科ではなく形成外科の範疇になるが、いずれにせよこの病院では設備が足りないので、専門家の診察を仰ぎたいなら評判の良い他院を紹介する。
・「消す」にはそれなりの肉体的負担やリスクもある。専門家と充分相談し、焦らず納得できる医師を探すと良い。



 自然には消えない。そう聞いた時、私は初めて自分が持っていた強い期待に気付いた。消えるはずだから大丈夫、と信じたがっていたことに気付いた。自分の子供の全て、髪の先から爪の先までの全てを愛していないことに気付き、なんてひどい親なんだと思った。落ち込んだ。


 でも、そんなに悲しむようなことだろうか。
 この子はよく寝て、よくお乳を飲んで、実に健康だ。黒曜石を丸く削ったような目はきらきら輝いているし、それを縁取る睫毛は繊細な工芸品のようだ。肌は滑らかで、表情を引き立てる骨格にも恵まれている。きっと美人になる。もしかしたら、賢くもなる。その時、この「痣」は彼女の性格に深みを加える一助となるかもしれない。傲慢に陥らずに済むよう、彼女を引き止めてくれるかもしれない。
 両親が「痣があるからこの子はかわいそうだ」と思っていてはいけない。おでこにほくろがあるくらいで落ち込むのは間違っている。
 意識せずにいられるようになるには、まだ時間がかかるだろう。「かわいいんだけどねえ」と言われれば、「『だけどねえ』は余計だ」と腹が立つし、アレをした方がいい、コレはしちゃダメだなどと言われるのも愉快な気分では聞けない。
 だからせめて、「痣」をかわいがることにした。見方によってはそう見える……ということで、まずは命名。その名は「うさこ」。またの名を「おまけちゃん」。娘が、「うさこ」と仲良くやっていけますように。