授乳考



 「授乳」という言葉で私が思い出すのは、「羊たちの沈黙」でのレクター博士の台詞だ。


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羊たちの沈黙
菊池 光
新潮社 1989-09

by G-Tools , 2006/10/17



 「あなたはキャザリンに授乳したのか?」
 「彼女に母乳を飲ませたのか?」
 「喉が渇く仕事だ、そうじゃないかな……?」
  "Did you nurse Catherine?"
  "Did you breast-feed her?"
  "Thirsty work, isn't it...?"



 そんな訳で、「授乳すると喉が渇くんだー」と思っていたのだが、今のところいつも以上にサースティだぜ!と感じることはない。レクター博士の不興を買うだろうか?博士、私はおいしくありませんから。

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 「喉が渇かない」と書いたが、私は元々あまり水分を取らない。水分不足が原因で膀胱炎だの腎盂炎だのになったこともあるので、本当は意識してゴクゴクしないといけないのだが、ついつい忘れてしまうことが多い。
 しかし、母乳を作るためにはとにかく飲まねばならぬ。家人にクサイと文句を言われつつも「授乳用ハーブティ」を飲み、カルシウム強化の低脂肪牛乳を飲み、ミネラルウォーターを飲み、食事には汁物を付ける。起きている間は常にカップやグラスを空にせぬよう注意する。
 それでも、やはりうっかり忘れるのである。ふと気付くと、傍らのカップがカラカラに乾いているのだ。壁に警告とか貼っておくべきだろうか。「母乳のために その一。飲むべし」「母乳のために その二。もっと飲むべし」とか。


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 胸を張って言えることではないが、私はムネが小さい。
 妊娠したら大きくなる、と思っていたが、ギリギリ1サイズ上がった程度だった。
 出産したら大きくなる、と期待していたが、今のところあんまりリッパにはなっていない。
 入院中に、他のお母さん方のムネを心置きなくこっそり観察したところ、どうも私が一番小さいようだ。とほほ。(ちなみに、同性のムネをここまで多数見たのは初めての経験かもしれない。相手の胸元に赤ちゃんがいて、こちらが「まあカワイイ」という表情でありさえすれば、じーっと注視していてもゴマカシが利くものだ。ただし、男性にはどうやってもできませんので諦めてください。)
 ムネの大きさと授乳における機能は無関係だ!と信じていたのだが、どうもそういうものでもないようだ。何故ならば、ムネを「タンク」と考えると、大きい方が貯蔵量に秀でているに決まっている。私の小さなムネがどれほど張ろうとも、元からリッパな人に量で敵いはしないのだ。
 その上、入院中に指摘されたのだが、私の乳首は短いそうだ。知らなかった……てゆーか知るかそんなの。だが、そのせいで、かん子さんは哺乳中に乳首を見失ってしまう。あーんあーん、とクレーム泣きされてしまう。まさか、自分のムネに関して、女性に苦情を言われる日が来るとは予想し得なかったなあ。
 そのため、入院中の指導に従い「補助乳首」をくっつけて授乳している。ふふふ、私ったらシャラポワ


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 赤ん坊は泣くものである。泣き方には個性がある。入院中に観察したところ、赤ん坊は一人一人泣き方が違う。
 「にゃあーん、にゃあーん」と聞こえる「猫型」。「ぅわあああん、ぅわあああん」と元気の良い「サイレン風」。不思議なことに「エビア〜ン、トレビア〜ン」としか聞こえない「フランス方式」。いやいや、ホントだって。
 我が家のかん子さんは「めえああ、めえああ」という「子ヤギ流」。かわいらしいものです。
 しかし、うまいこと哺乳できないと、このめえめえ泣くのも苦しそうに聞こえる。すると、おっぱいをやっていない人が来て言うのである。
「泣いてるよ」
 知ってます。
「なんで泣かせとくの」
 私が「泣かせてる」訳じゃありません。24時間連続で泣くこともありません。その内泣き止みます。
 世のダンナ様方、赤ん坊は泣くものなのでございます。


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 猫を飼う人の多くは、それぞれオリジナルの「猫の歌」を持っているはずだ。自分の家の猫の名前などを織り込んだ替え歌だの、作詞作曲まで自前で手掛けた作品だの。身に覚えがないとは言わせない。てゆーか、みんなあるよね?私だけじゃないよね?
 私のお気に入り「うららソング」は、「うらねこはなっぜー いつまでも寝ているの♪」(「アルプスの少女ハイジ」)とか、「タイヤキ一匹あったら(あったら)うららに取られて半分こ♪」(「名犬ジョリー」)とかのアニメ主題歌の替え歌である。歌うと何があるかと言えば、何もない。ただうららに迷惑そうに睨まれる程度である。いいの。自己満足なの。
 授乳というのは、ぱぱっとやって、ささっと終了なのかと思っていたら、案外時間の掛かるものである。(小さい「タンク」なので、所要量を捻出するのに時間が掛かるのかもしれない。)そのため、時々もぐもぐするのに疲れたかん子さんが寝入りそうになる。そこで、揺すったり歌ったりしてお嬢さんを鼓舞しなければならない。ここで登場するのが、「猫の歌」ならぬ「授乳の歌」である。
 最近定着しつつあるのは、「ドコモダケ」のCMソング。「やった やった おっぱいが 飲みほーだい♪おーむつも 替えほーだい♪おねむーに なったーら 寝ほーだい♪」
 アホですね。ははは。


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 母乳は血液から造られる。白い血液であると言ってもいい。血液成分の中から必要な栄養・免疫成分だけを利用するため、それに不要なヘモグロビンは取り除かれてしまうために白くなる。赤かったら結構コワイことになりそうだ。素直に除去されているヘモグロビンに感謝。
 ところで、吸血鬼の皆さんは、血液の代用として母乳を吸う訳にはいかないのだろうか?もしヘモグロビンが必須栄養素だとかじゃなかったら、ぜひお試しいただきたいものだ。名前が「吸乳鬼」になっちゃうけどね。姿もちょっと様にならないけどね。