夜の桃

夜の桃夜の桃
石田 衣良

新潮社  2008-05-22
売り上げランキング : 116029

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

内容紹介/Amazonより
お願いします、年上の男の人じゃなきゃ、だめなんです。


数億円のローンを組んだ家、高性能なドイツの車、イタリア製のスーツ、スイス製の機械式腕時計、広告代理店勤務の可愛い愛人……すべては玩具にすぎなかった。幸福にも空虚な日々に流される男が出会った、少女のような女。その隠された過去を知り、男は地獄のような恋に堕ちた。東京のニュー・バブルの中で、上下にちぎれていく格差社会に楔を打ち込む、性愛。デビュー10周年の著者が挑む、渾身の恋愛長編。

以前、斎藤美奈子の「あほらしやの鐘が鳴る」を読んで、斎藤が渡辺淳一の「失楽園」をバッサリ語っていたのに大笑いした。

渡辺淳一の「失楽園」ダイジェスト解説にまた笑う。「『失楽園』は同じパターンのくりかえしです。(1)有名観光地で、(2)おじさま好みの衣装を着たヒロインと、(3)季節の料理を堪能した後、(4)一流の宿でセックス。「ブルーガイド」+「ファッション雑誌」+「グルメガイド」+「ハウトゥーセックス」=『失楽園』」。このかいつまめばお気楽な浮気小説が、命を賭けた純愛ってことになるんだから不思議である、という論調が最高。

http://d.hatena.ne.jp/nekonomimi/20070528

上の内容紹介をご覧になればお分かりかもしれない。本書もナベジュン版「失楽園」と同じである。命を賭けない分、よりお気軽かも。「文学賞メッタ斬り!〈2008年版〉」で、石田本人が、ナベジュンに「あとは任せた」みたいなことを言われた、と述べていたので、ある意味確信的なのかもしれない。*1

文学賞メッタ斬り!〈2008年版〉たいへんよくできました編文学賞メッタ斬り!〈2008年版〉たいへんよくできました編
大森 望 豊崎 由美

PARCO出版  2008-05
売り上げランキング : 277684

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


石田版をナベジュンと同じように処理するならば、


『夜の桃』は同じパターンのくりかえしです。
(1)それぞれの縄張り*2で、
(2)おじさま好みの衣装を着た3人のヒロインと、
(3)アルコールと食事を堪能した後、
(4)それぞれの縄張りでセックス。
雑誌「LEON」(のホテル・ファッション・グルメ・セックスに関するページ)のまとめ直し=『夜の桃』。作中には、「LEON」がモデルと思われる雑誌の取材に、主人公が答えるシーンも出てくる。
そうなんです。愛人が二人いて、さらに妻ともしっかりしてます。小説の後半で、妻に「疲れているから、また今度ね」と断られると、「ひどく狼狽」したりします。愛人に「妻とはセックスレスじゃないからね」と、よー分からん告知をしているし。全編絶倫自慢。誇張じゃなく、最初から最後までそうです。ほんとに。うっへっへ、という気分で楽しめたのはごくわずかで、途中から、セックス描写は超速読技術を駆使して読み飛ばしたよ。もーうんざり。
女性は一人一人セックスが異なる、と主人公は言うのだが、読者からしてみると、体型が違うだけにしか思えない。おっぱいの大きさが違うだけでは?運命的な肉体のつながりについても語られるが、背徳が嬉しい自己陶酔で盛り上がっているようで、これは羨ましい!というほどでもないのが残念。最初から感じまくり、って、それなんてエロマンガ
後、愛人その2を「ついこの前まで処女だった」としつこく言うのは何なんだ。おうおう、あたしだってついこの前まで処女だったんだよ、えーっと十年を一昔と申しますならば、一昔ちょっとなんてついこの前なんだよ!「中年男が若い女を玩具にしたのだと責められたら、いい返す言葉などなかった。ついこのまえまで処女だった千映がいじらしくて、たまらなくなる。」楽しそうですな。


以下、ストーリーを最後まで書いています。うっへっへ、と読むのが楽しみな方も、読んでもいいですよ。(ちょっとヤケ。)というか、みんなこんなレビュー読んでる場合じゃないよ、今すぐこの小説読まなきゃ。
まあ、とにかく中年男性の願望充足小説である。

仕事は順調で、妻は美しく、愛人は最高のベッドパートナーだった。これから帰る家は二年前に四億で建てたのだが、現在の評価額は六億円だった。欠けているものがどこにあるというのだろう。

と、始まりゃあ、こりゃーこっから転落するってこったな、と邪推しますわな。ところが、しないんです。これらの幸福は、充足しているはずなのに、まだまだ欲しがるぼくちゃん(主に性的な意味で)という設定のための添え物であって、転落の開始地点ではないのだ。
起業して成功、美人妻と豪邸に暮らし、ロマンスに邪魔な子供はいない。友人たちと出資し合い、オーナー専用個室のあるバーを所有。妻は、気配り上手で床上手、化粧せずには夫の前に出て来ない恥ずかしがりやさんで、読者モデルとしても通用しそうに自分磨きに余念がない。愛人その1は豊満で享楽的で自立しており、結婚を迫ったりしない。作中で「罠に落ちるように」関係を持つ「ついこのまえまで処女だった」愛人その2には、トラウマを抱えて男性恐怖症なのを、

>わたしはどうも同世代が
>ダメみたいなので、
>奥山さんのような
>大人の人がいいんです。

と、男性恐怖症よりはオヤジ転がし名人みたいなワザで口説かれる。*3しかも、愛人その2は物語の最後で妊娠するのだが、それすらも主人公を転落させない。彼女は「>この子はひとりで産んで、>立派に育てます。>お願いですから、わたしを>探さないでください。…雅人さんは>わたしにとって、一生で>たったひとりの男性でした。>さようなら」と言い残して、消えちゃうのだ。うっわー、面倒がなくていいわあ。
そして、主人公は言うのである。

「千映の初めての恋人は、おれだった。初めての男もだ。あの子はこれから一生、子どもを抱えて、初めての男に殉じて生きていくことになるんだろうな……おれなんかには、そんな価値はないのに」

やっぱり楽しそうだ。


主人公は石田衣良ではないが、作中には石田衣良の小説のエピソードが、私に分かるだけで二つ出てくる。一つは「新しいネット恋愛」を描いた「リバース」。

REVERSE―リバース (中公文庫)REVERSE―リバース (中公文庫)
石田 衣良

中央公論新社  2010-08-21
売り上げランキング : 11687

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


もう一つが、この物語の対となるとも言える「眠れぬ真珠」。

眠れぬ真珠 (新潮文庫)眠れぬ真珠 (新潮文庫)
石田 衣良

新潮社  2008-11-27
売り上げランキング : 108587

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

この作品については、主人公の妻が語ることで、作中堂々のネタバレになっている。

(愛人その2との逢瀬の後で、帰宅後)
また今夜も妻を裏切ってしまった。良心が痛む。

テーブルのそばまできて、妻の様子に気づいた。
「泣いているのか」
なぜ、もうよその女のことがばれているのだろうか。背中の冷や汗がとまらない。…
「今、読み終えたところなの。ちょっと感動しちゃった」
雅人は安堵を隠して、テーブルの本を手にとった。同世代の男性作家の恋愛小説である。なにか賞をもらっていたはずだ。雅人が読まないタイプの作品である。
「その本ね、四十五歳の女の人と十七歳したの男の子の恋愛が書いてあるの」

なにげない会話が恐ろしいくらい未来を予見していたとは、そのときの雅人が気づくはずもなかった。

読者にはまる分かりですが!ちなみに、「眠れぬ真珠」は第13回島清恋愛文学賞を受賞しております。読まないタイプなのに、詳しいな、主人公。
ということで、話のオチとしては、夫の浮気が妻にばれましたが、妻も年下の男の子と浮気してたのよ、ということになるんだけど、そこからがテンポ良く、「は?え?」の連続。妻は「お願いします。私と別れてください。離婚してほしいの」とくるからにゃ、浮気男に反撃だ、うっひゃー!行っけー!となるかと思いきや、その青年とは「離婚するのに 、ほかの誰かに保険をかけてなんておけない」と言って、別離を選ぶのだ。そして、「雅人さん、ごめんね。すべてを満足させてあげられなくて」と謝っちゃうのだ。なに?なんで?鈍器で殴るんじゃないの?お願いして、離婚していただいて、しかもごめんねなの?


愛人その2の存在に怒ったその1にも捨てられ、

四十五歳、人生の折り返し点で自分はひとりぼっちになってしまった。

いくらビジネスで成功し、そこそこ有名になり、富を積み上げても、女のいない男たちに幸福などやってくるはずがなかった。
(自分は失敗したのだ)
…人を愛する力を失えば、人間などただの機械と変わらなかった。

愛を語るなら、まずはそれを維持する努力をしろよ、と言いたい。フィクションの登場人物に怒るな、とよく言われる私だが、いやいや、怒らせてください。散々好き勝手やってきて、今更何よ!まあいいや、せいぜい落ち込むがいいさ!
ところが、小説の締めくくりは、えっ?えっ?ええええっ?という形で幕を閉じる。この、最後に出てくる人も、石田衣良の他の小説に出てくる実はホニャララなキャラクタだったりするのだろうか?幕引き後の世界で、主人公はヒドイ目に遭ったりするのだろうか?そうなったらいいかもしれません。
それにしても、気が付けばよく読んでいる石田衣良。季語なし。
★★★☆☆

*1:ちなみに、この時の座談会(司会:大森望豊崎由美)には、石田衣良が自宅を取材を受けるためのスタジオに改装して、そこの本棚には帽子が置いてある、というエピソードが出てくるのだが、本棚に本をぎゅうぎゅう詰めにしないなんて!と発狂する豊崎さんが、まことにかわいい。

*2:40代の妻:神宮前の自宅、30代愛人:主人公がオーナーのバー・愛人が住む恵比須のマンション、20代の愛人:学芸大学駅前の日本料理屋

*3:ちなみに、文中に「>」が出てきたら、パソコン通信ではなく、メールがキテルヨ〜ということである。返信でもないのに、なんで>なのかは知らん。